第六話表:等価交換の祭典
名前 丸山 眞男
年齢 35歳
所属 コミューン(社会主義陣営・NGO理事)
異能 【作為の論理】
能力説明 言葉を交わした相手の「無意識の動作(心拍、呼吸、反射など)」を、対象自身の「意識的な操作」に強制的に切り替えさせる能力。相手は「意識して呼吸を続けなければ窒息する」という恐怖に陥る。交渉の際、相手を極限の緊張状態に追い込むために使用される。
好きな事 古本屋巡り、議論、ジャズ、自由
嫌いな事 非合理的な伝統、独裁、沈黙、空調の効きすぎた部屋
史実紹介 戦後日本を代表する政治学者。日本の近代化や思想構造を分析し、「作為の論理(自覚的に物事を作り上げること)」の重要性を説いた。戦後日本の民主主義思想に多大な影響を与えた巨人。
西の工場区。そこは中立地帯の穏やかな琥珀色とは対極にある、鉄錆と煤煙の吹き溜まりだ。 丸山眞男の誘いに乗り、ルネはクリスを店に残してこの「赤い街」へ足を踏み入れていた。
「すごい熱気だ……」
広場を埋め尽くすのは、数万人の労働者たち。彼らは一様に質素な灰色の作業着を纏い、巨大なスピーカーから流れる革命歌に合わせて機械的なまでに正確なリズムで手拍子を打っている。 その中心に例の男…丸山眞男が立っていた。
「来たね、ルネ君。歓迎しよう。これが我々の『作為』の結晶――祭典だ」
丸山は広場を一望し、誇らしげに言った。 そこにはレヴィアタンのような格差も、楯の会のような排他的な選民思想もない。あるのはすべての人間が等しく「機械の歯車」として機能する、究極の機能美だった。
「見てごらん。彼らの中に『不安』はない。自分が何者であるか、明日何をすべきか、すべては全体の計画の中に組み込まれている。君が求めていた『確かな居場所』が、ここには完成しているんだ」
丸山が指差す先。祭典の舞台に、車椅子に座った一人の老人が運ばれてきた。 老人はかつて高名な学者だったが、今は言葉も発せず、ただ虚空を見つめている。
「彼は先月、自身の『知識』と『思考』をコミューンの共有データとして供出した。その対価として、彼は死ぬまで衣食住を保証され、何の疑念も抱かずに済む安寧を得た。……これこそが、我らが指導者マルクス氏の提唱する、魂の等価交換だ」
ルネは戦慄した。 丸山が語る「安寧」とは思考を停止し、個としての輪郭を他者に預けることで得られる「死」に近い静寂だからだ。
「……それは、僕の知っている自由じゃない」
「自由? ルネ君、君の言う自由は孤独と隣り合わせだ。君が『僕はここにいる』と叫び続けるためには、一生、世界を疑い続けなければならない。それはあまりに酷な労働だ。だが、ここなら――」
丸山の手が、優しくルネの肩に置かれる。その瞬間、ルネの心臓が不自然な鼓動を刻み始めた。
丸山の異能【作為の論理】
途端に、自分の無意識がすべて「意識的な作業」へと書き換えられていく。意識しなければ心臓が鼓動を停止する…そう直感したのだ。一瞬でも気を抜けば、呼吸の仕方を忘れて死んでしまうという、圧倒的な生への強要。それはルネが最も忌み嫌う状況でもある。
「君の『確信』を、我々に預けなさい。そうすれば、もう呼吸の仕方に悩む必要もなくなる」
「嫌だ……断る!」
ルネは叫び、自身の「存在」を強くイメージした。 (僕は、僕の意志で呼吸する。僕の意志で、ここに立つ!) ルネを中心に放たれた透明な波動が、丸山の干渉を力ずくで弾き飛ばした。
「ほう……。強制的な作為さえも、君の『自己定義』には届かないか」
丸山は眼鏡を押し上げ、冷徹な笑みを浮かべた。 その時、祭典のスピーカーから流れる歌が止まった。 労働者数万人の視線が、一斉にルネへと向けられる。その瞳には個人の感情はなく、ただ「異物を排除せよ」という巨大なプログラムだけが宿っていた。
「残念だよ、ルネ君。君が一人の『人間』であり続けたいと言うのなら、この『大衆』という名の巨大な意志と、一人で戦わなければならなくなる」
工場区の空に、赤い旗が翻る。 ルネは、自分が守ろうとした「自分」という存在が、数万人の「連帯」という名の暴力の前に、いかに小さく、いかに脆いものであるかを、身を以て知ることとなった。




