10年来の部下からの婚姻届け
前の会社で頼りにしていた部下から飲みの誘いがあった。
「織田さん、お疲れみたいですね」
「ええ、10年来の部下がいないからね」
「ボク、今の会社を辞めて、そっちに行きましょうか?」
「うれしいわ」
彼は笑顔で婚姻届けを差し出してきた。
ワタシとの結婚が条件という意味だろう。
でも、アユとサアのことを思い出して、気が進まなかった。
「ごめんなさい、あなたの将来を考えると、今の会社に残るべきよ。
気持ちだけ有り難く受け取っておくわ」
「そうですか? 失恋したんですね。ボクは・・・」
彼がさびしそうな顔をしたので、返事を変えようと思ったが、
巻き込んではいけないと覚悟を決めた。
「これはワタシが決めた戦いだから・・・」
「巻き込んでください。そして、運命共同体になりましょう」
わたしは首を横に振った。
「あなたはこれからもっと上に行けるわ。
そして、わたしよりも若くて、美しい女性と結ばれる日が来るはずよ!」
ワタシより素敵な女性は、宝くじで特等の本数くらいしかいないけれどね。
彼は、この世が終わったような顔をして、だまってしまった。
「どうしたの? なにか悩んでいるの?」
「いいえ、ボクの方から誘ったのに、勝手をすることを許してください。
なみだをこらえきれるうちに帰りますね」
彼は請求書を手に取って、席を立とうとした。
「少しだけ、遅れて店を出てくれると助かります」
「わかったわ」
断ったワタシには、それ以上の言葉を掛けることはできなかった。
仕方ないから、いつものBARに行こうかと思ったが、気が乗らない。
スーパーが開いている時間だから、ライオンビールの生しぼりを箱買いした。
アユは忙しいだろうけれど、小説仲間のサアはきっとチャットに応えてくれるだろう。
「いま、帰りました。今日は家で飲もうと缶ビールを買いました」
5分も経たないうちに、返信が来た。
「お帰りなさい。ごはんにする、お風呂にする、それとも、わたしの新作を朗読しましょうか?」
「じゃあ、ビールを飲みながら、聞かせてもらおうかしら?」
「うれしいです。賞賛文を楽しみにしています」
翌朝、会社に行くと、警察が来ていた。
「転職前の会社から機密情報を持ち出そうとした嫌疑が織田さんにかかっています」
「どういうことですか?」
事情を聞くと昨日会った彼が機密情報を持ち出した。その指示犯が私だというのだ。
「なにかの間違いだと思います。彼はそんなことをする人ではありません」
「昨夜はいっしょに居ましたよね」
わたしは青冷めた。
「心当たりがあるのですか?」
「彼から婚姻届けを差し出されて、あやうく書くところでした」
「書かなくて良かったですね。きっと、織田さんの家に上がり込んで、共同正犯の証拠を残すつもりだったかもしれません」
わたしは、ショックで頭がまっしろになって、固まってしまった。
「では、なにかお聞きしたいことが有れば、ご連絡しますので、ご協力お願いします」
警察は気まずそうに去っていった。
翌朝、彼が捕まった。ハニートラップに引っ掛かったそうだ。
ワタシより年齢が10歳若いだけのノーマル女性に引っ掛かるとは情けないと思った。
そして、10年来の信頼を踏みにじり、ワタシを裏切ったことは300年間たっても忘れてやらない。
あのとき、アユという10個年下の女性とサアという小説仲間を思い出さなかったら、婚姻届けにサインしていただろう。そうなったら、共犯どころか共同正犯にされて、特別背任行為の連帯保証人にされていたかもしれない。そう考えると、あの二人の存在に心から感謝したいと思った。
アユには今度会った時に、服を買ってあげようと思った。
サアとは会うことがないから、小説を3話くらい読み進めて、賞賛文を書いてあげようという気になってしまった。
己こそ己の寄る辺、己をおきて誰に寄る辺ぞ。
本当につらくて、誰かに助けて欲しいと思うときほど、頼っても良い相手かどうかの見極めが大事だなと自分に言い聞かせるようにした。
アユとサアとの御縁は、大事にしようと思った。
そして、男性は疑うことにしようと思った。
おわり
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