第59話:ラストレシピ
イベントから数日が経った。
配信が終わっても、SNSでは今も「#レバニラReLink」がトレンド入りを続けている。ファンアート、実況まとめ、料理再現レポ……どれも、私たちが歩んできた軌跡が詰まっていた。
私はスマホを置き、ゆっくりと深呼吸をする。
「さて……本当の『最後のレシピ』、始めようか」
その日の夜、私は一人で小さな台所に立っていた。照明を少しだけ落とし、BGM代わりにいつかの配信を小さく流す。澪の声がスピーカー越しに響いて、胸の奥がじんと熱くなった。
「橘ちゃん、焦がしちゃダメだよ〜!」
そんな言葉が、まるで今ここで言われたかのように鮮やかだった。
材料はシンプル——レバー、ニラ、そして『あのソース』。だけど、今日は何かが違う。いつも通りの手順なのに、手の動きが少しぎこちなく、でも一つ一つを大切に扱っている自分に気づく。
油を注ぎ、フライパンがじゅっと鳴った瞬間、記憶が一気に溢れ出す。
澪と初めて二人で料理配信をした日、盛大にレバーを焦がしたこと。
ファンから「それも味のうち」と言われて、なぜか自信が湧いた夜。
あれから、たくさんのレバニラを作ってきた。
でも、今日のレバニラは、たった一皿。
私だけのために作る、初めてのレシピ。
皿に丁寧に盛りつけ、テーブルに運ぶ。一人分の、レバニラ炒め。
黙って箸を取り、ひとくち。
「……うん、まだちょっと濃いかも」
思わず笑ってしまった。きっと澪なら、同じツッコミを入れるだろう。
でも、それでいい。そう思える味だった。
食後のテーブルに頬杖をついたまま、私は少しだけ目を閉じる。
ひとりぼっちの夜のはずなのに、不思議と寂しくなかった。
静けさの中で、私は確かに“つながっている”感覚を味わっていた。
ふと、スマホが震えた。
《見たよ、今日の夜ごはん。#レバニラReLink またバズってる》
澪からのDMだった。
《今度、一緒に作らない? オンでも、オフでも》
私はすぐに返信した。
《いいね。今度は、もっと薄味で。あと、今度はデザートも一緒に》
短い沈黙のあと、返事が来た。
《それ、約束。》
画面を見つめたまま、私は小さく頷いた。
画面越しに、たしかに澪の気配を感じた。
夜風がカーテンを揺らす。私は窓を少し開け、ひんやりとした風を頬に受けた。
遠くで電車の音が聞こえる。
あの日も、こんな夜だった。
私はスマホを置いて、レバニラをもう一口頬張る。
ひとりで作ったはずなのに、なぜか味が、少しだけ優しくなっていた。
明日が来ても、きっと私はまたこの味を思い出すだろう。
澪と一緒に炒めた日々を、胸にしまって。
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