第57話:ひとり立ち、ふたりの距離
朝の光が差し込む部屋で、私は静かに配信準備をしていた。
今日は久しぶりの完全ソロ配信。澪の名前がないサムネイル、澪の声が聞こえないオープニング……そのすべてが、どこか物足りなかった。
機材チェックのたびに、「これで大丈夫かな」「音ズレしてない?」と、つい澪に話しかけるように独り言を漏らしてしまう。隣にいるのが当たり前だった日々が、もう戻ってこないかもしれないと思うと、心のどこかが空っぽになってしまったような気がした。
緊張で指先が震える。
「……よし、行こう」
マイクをオンにし、配信を始める。
「こんばちは〜、橘梨乃です。今日は久しぶりにソロ配信ということで、みなさんとゆっくりお話しできたらなと思ってます」
チャット欄に「待ってたよ!」「ソロ嬉しい!」という声が並び、少しだけ肩の力が抜けた。
でも、その中にはこんなコメントもあった。
「澪ちゃんはいないの?」「やっぱりレバニラじゃないと物足りないなぁ」
わかってた。わかっていたけど、それでも胸がチクリと痛む。
「……今日は私だけで、がんばってみようと思います」
声がわずかに震えた。
トークテーマは「最近ハマっているもの」。澪と話していたら絶対脱線していたような話題も、ひとりだと妙に淡々と進んでいく。
コメントのひとつひとつに丁寧に応えながら、笑顔を絶やさないように気をつける。
でも、それはどこか「演技」だった。
配信の中盤、私は視聴者参加型のクイズコーナーを設けた。レバニラに関する豆知識を出題したところ、チャット欄が盛り上がりを見せる。
「さすが、レバニラ姉妹の片割れ!」「この問題は澪ちゃんにも出してほしかった〜!」
そのコメントが嬉しくて、でも寂しくて、私は笑いながらごまかした。
配信の後半、私は少しだけ、自分の本音を話した。
「正直言うとね、不安なんです。今まで澪と一緒にいたから、楽しかったし、安心できた。でも、そろそろ自分の力で一歩踏み出さなきゃなって……」
その瞬間、コメント欄が一気に温かくなる。
「りのちゃん、応援してる!」「澪ちゃんもきっと見てるよ」「レバニラじゃなくても好きだよ」
涙がにじんだ。画面の向こうに、ちゃんと私を見てくれている人たちがいる。
エンディングBGMが流れ始めたとき、まさかのコメントが表示された。
「今日のレバニラ、味濃すぎだよ」
名前は書いてなかった。でも、どこかで見覚えのあるアイコン。
澪だ。
一瞬、喉の奥がつまった。
澪は、私の配信を見てくれていた。
「……それでも、食べてくれてありがとう」
私は小さくつぶやいて、配信を締めくくった。
マイクをオフにして、椅子にもたれかかる。
目を閉じると、澪と一緒に笑っていた数々の記憶がよみがえってくる。
でも、今はもう一人だ。
だけど——画面の向こうにいた皆と、そして澪と、どこかでまだつながっている気がして。
私は、そっと笑った。
カクヨムで投稿しております。
よろしければ読んでいただき、評価していただけるとありがたいです。
https://kakuyomu.jp/works/16818622171293154777




