思惑はひとつではない
お読み頂き有難う御座います。
「そんな貴重なお品を、何故あのコソドロへ渡したんです?」
「コソドロ……。
す、直ぐ返すから結婚式に貸して欲しいと……。えいゆ……、叔父殿は第一王子……殿下と仲が良かった」
間違いなく借りパクされるパターンじゃないの。しかも洗って返さないオプション付き。死に逃げてるから今現在借りパク進行中ね。最悪よ。
「デザインは兎も角寸法はどうなってるんでしょう。古式ゆかしいお品ですよね?」
「着た者の体に沿う魔術が付与されているらしい」
「へえ、どの属性なのでしょう。気になりますね」
寧ろそっちの魔術が気になるわ。付与魔術たって期限が有るのに……。学校では、付与魔術を極めるのも有りね。
古代闇魔術とか本当廃れて欲しいし、どうでもいいのよ。ゴミ屋敷魔術の中身なんて調べたくもないわー。
「君の研究心は素晴らしいな」
「いえそんな」
「嫌がりながらも真面目に話を聞いてくれるし、激昂しない穏やかな女性だ」
「そんな……」
心の中では激昂中なんだけどね。
貴方がお偉いさんじゃなくて、単なる下っ端庶民ならば、きっと追い出してただろうな……。
でも、貴族に目を付けられたらたまったもんじゃないし。留学取り消しの恐怖も有る。
くっ! 心のままに破天荒に振る舞える要素、全くなしね。私って可哀想!
「成功した暁には、貴女がたシュノー家今も貴族に復帰できるよう、尽力しよう」
「そんな勿体ない。私共は今のままで不自由有りませんので。親族も多くは望みません。欲を掻いてはとんでもない事になりますからね」
別に復帰せずとも、親も親戚も普通に地方都市で平民として働いてるのよね。
元々子爵と言えど、そんな大した役職でも無かったらしいし。特にプライド高い訳じゃないし。
隣町の湾岸倉庫の住み込み管理人とか、3つ向こうの別荘地帯の管理人とかして、ささやかに暮らしているわ。
高望みするのは、叔父くらいよ。だらしない癖にアホみたいな一攫千金とか英雄とか呼ばれたいのは。
「貴女の一族は、運命を受け入れて健気に働いているのだな」
「過分な禄を得て次に受け継ぐ力も有りませんし」
「……それに比べて、ウチは……」
どうされたのかしら。お持ちの領地が経営不安なのかしら。
高位貴族っぽいと領地も広大だから、お悩みも広大なんでしょうね。広大な所領とか、本気で知らないけど。
「……兎に角、引っ越すのだな」
「ええ、大変急いでおり直近です」
「国境近くの荒地……スッカンへ来れるだろうか」
「ちょ、ちょっと難しいかも、ですね……。勉強は学生として、だーいじな本分ですから」
……くっ! 隣国とは言っても、旅費が掛かるから国境近くの魔術学院にしなきゃ良かった……。
でもそれより奥って、近くて1ヶ月くらい掛かる圏内だし旅費もないし……。荒地スッカンって、魔術学院の……地図上は近くだけどリアルは微妙に遠いのよ! 古くて汚い寮があった気がするけど、私は学校近くの新しい寮に入る予定なの!
「お父様の姪とやらは此処ですの!?」
「!?」
「この安物のドア、開きませんわ! 開けなさいこの下郎!」
……ちょ、ちょっと!?
鍵掛けてるのに、ガッチャンガッチャンやってる奴は何なのよ!? 強盗!?
「わたくしの婚礼衣装を早く探し出しなさい! この下郎!」
「……」
眼の前のフィールデン次官様が、真っ青になってるわ……。
カーテンは持ってかないから閉めたまま。だから、外が見えないけど……。
この田舎の村に、一体何の不届き者が押し寄せたっていうの……。普段は何の刺激もへったくれもない、いい感じに静かな村なのに……。
「こんなボロいアバラ屋、壊してしまいなさい!」
「流石に壊すのは……。お父上の遺産が手に入らないかも……しれません」
壁が薄いからよく聞こえるわね……。お付の人、頑張って!
家を壊そうとする輩から常識で守って!
と言うかあばら屋だのボロだの失礼過ぎるし、ガラが悪い!
でも、見つかるとトコトン面倒そうな気配!
私、対峙するなら眼の前のフィールデン次官様の方が良い! ちょっと空気読まないフリして話通じないけどイケメンだし! ヒステリックワガママと向き合うには疲れた!
「全く! あの顔だけ男。遅いし、立場を分かってないわよね!」
「全くですね、お嬢様……」
「やはりあんな顔だけ金無し王子より、金持ちがいいわー」
「お嬢様、宿は如何致しましょう」
「隣の町へ行くに決まってるわ! こんな臭い所、清らかな私が汚れたら損失!」
……言いたいことだけ言って、金切り声が去っていった……。臭いなら来ないで欲しいわ。ドブにハマればいいのに。
……ところで、よ。
キインキイン響き渡った金切り声が喧しくて殆ど話が入ってこなかったけど。
パワーワードだけは聴き取れたわ。
わたくしの婚礼衣装。
お父様の姪。
そして、顔だけ王子……。
最後酷いな。
あの女、大声で悪口言う奴だから性根の汚い顔に違いないわ。
「……フィールデン次官様、ご説明をお願いします」
「……」
「父が愚痴っていた叔父の口癖なのですけどね。『清らかなおれが汚れんの、損失』
傲慢極まりない科白でしょう? まさか此処で耳にするとは」
……お気の毒なくらい、お顔が青いわ。
でも、お話しして貰わないとね……。
きっと、国宝どうたらだけのお話じゃないみたいだし。
ただ、分かった……と言うか感じ取れたのは。
この方が私が思うような、恵まれた境遇ではないということ、かしら。こんなに辛そうなお顔をしてらっしゃるのだもの。
一緒に遺産の中身を探してくれそうにない人材ですね。