番外編 無限収納の相続人
お読み頂き有難う御座います。
粘り強く酷い王家の内輪話です。
私の名前はマリーエバー。生まれた順は最後なれど、この国の唯一の継承者。
私の母は、隣国キツミの末姫エヴリン。
父親はこのドクツーンの国王で国有数の色狂い。
未だ幼いと言ってもいい13歳の母を迎えた時には、父は14歳にして寵姫を5人抱えていた。その美しさを見初められ、無理矢理家や恋人から引き剥がされた娘ばかりだったそうだ。
今、彼女達は殆どこの世には居ない。
だが、父はそれからも懲りずに次々とやらかした。
次々と産まれる庶子に、羽虫のように纏わりつく乱倫の噂は母を苦しめた。しかし、何千と持ち出した離婚の話は次々と却下される。
着の身着のまま逃げ出そうとしたその夜。母は私を授かったことを知り、身を投げようかと思ったらしい。
「でも、あんな屑男の為に大事な命を2つ投げ出すなんて馬鹿らしくなったの」
そう微笑んだ母は強く美しかった。
その後正統なる血筋の子を孕んだ王妃に、父は擦り寄ってきたらしい。
生まれた私が、父の黒髪を継いでいたのを喜ばれた時には、全身を虫に這い擦り集られたようだった。そう母は言っていた。
しかし黒髪に近い色の娘は、私より先に生まれていたらしいが紛い物らしい。私の髪の何が気に入ったのかは、分からない。
その頃、父のような黒髪で、陰険な目つきの詐欺師が世の中を騒がしていたからかもしれない。
父と、母違いの兄達がその胡散臭い男に気に入り文字通り、城と貴族達に寵姫達をもグチャグチャにされた。
中には姉にあたる姫も毒牙に掛かった。心優しく美しい姉が騙された事は本当に気の毒だと母は嘆く。姉の母は数少ない初期の、無理矢理狼藉に遭った寵姫の生き残りだったからだ。
その他の、進んで楽しんだ奴等はどうでもいい。
しかし妻や娘を多数寝取られたとなっては、脳が華やかな父も兄も流石に秘密裏に処刑する頭は有ったらしく。
詐欺師の身は生きながらに獣に食われた方がマシ、というような処刑だったらしい。
そうやって、父と兄達は己の馬鹿さ加減を覆い隠して無かったことにする。闇に葬って目を逸らした。
男に大事な国宝を盗られた事を思い出すまでは、今まで通り楽しく暮らしていたようだ。
……と思っていた。
幼い私なら分からないから遠ざけることなど思いもしなかっただろう部屋に、迷い込むまでは。
「……くろい」
艷やかな髪も夜のような目も黒い女性ふたりの絵。着ているものは黒いドレス。
しかしふたりともよく似た顔で、美しいとは言い難い。だが、何故か惹きつけられる。
「可愛いマリーエバー、この絵が気になるかい?」
父は私を抱き上げて頬擦りしてきた。私は、部屋の異様さよりも絵画から目が離せない。
横には、同じ黒い髪に黒い目の男性の絵画が飾られていた。彼も黒い衣装を着ており、疲れたような目で此方を見ている。
窓の縁に立たされたような、グラグラとした感覚で目が回る。
欲しい。彼が欲しい。
「この絵は私の最愛、スレッラとソリーエ。そして、兄のダントンを」
小さい時から絡まれ続けたせいで覚えざるをえなかった寵姫達に、そんな名前は居なかった。
「シュノー家にいる俺の最愛だよ、マリーエバー」
後で調べると。
彼女達はヴィーア嬢の叔母達。
誰かに似ていたが、中身が違う。
彼女達は絵画でも無欲で自由で揺るがない……。
「私から逃げてしまう、愛しい闇達。財でも愛でも縛れない……」
「この殿方と子供達は?」
普通の家族の肖像画なのに、不自然に塗り潰された跡がある。父親であろう男の横と、長男らしき子供の横に黒い塗り潰しが。
皆、全て同じような顔立ちをしていた。
「オルコット卿と家族だよ。全部傍に置きたかった。しかし、最愛達は私を愛さない……」
父は色狂いだと思っていたが、違った。
彼らに一顧だにされなかったから、ネジが外れたのだと何故か、そう感じた。
「唯一手に入ったアレは、思ったのと違ったし……。強欲過ぎた。それなりには遊べたが……」
唯一手に入ったとは、詐欺師のことだろうか。
嘗てチラッと見かけたもう居ない詐欺師は、確かに似ていなかった。
母にこの事を知らせると、深い溜息の後。
「古代闇魔術を司るシュノー家ね。罪人に貶められて、貴族の地位を返上した誇り高き家」
「……お父様は愛していたって。それなのに、どうして意地悪をしたの?」
「……貴女のお父様は、好きな方に意地悪をして縋り付いてほしいという病を患っておられるの」
「やまい。嫌われるよね」
「ええ。可愛いマリーエバー。そんなことしては、嫌われるのよ」
母は最早父に興味はなく、寵姫の中にも暇を申し出ているものもいた。
施政者としては中の上程度。人としては最低の父は嫌いだ。でも私は、父の部屋に通う。
勉学の傍ら、黒髪の黒い瞳の男の肖像画をじっと見つめる日々が続いた。
彼が欲しかった。
そして8歳の時、ことが動く。
詐欺師の負の遺産に、兄が国宝を入れたと騒ぎ出したのだ。
しかし何のことはない。誰が着たかも分からず碌に手入れもされていないカビの生えたような古着だ。
何の興味も生まれなかった。
でも、首は突っ込んでおいた。古代闇魔術に興味が有ったからではなく、シュノー家の誰かに会えるかもしれないから。
しかし、仮にも国宝。
当然数多の手を取られ……解決したのは、肖像画の女性達とそっくりの17歳の少女と第五王子である兄アルファル。
少女は無欲で、静かな闇の魔力を纏ったシュノー家の娘だった。
そして、絵画の彼……ダントン・シュノーの娘。
会いたい。
取るものも取り敢えず、寵姫を騙して駆けつけて。
でも、彼女……ヴィーアは兄に取られていた。
悲しくて淋しくて、それでも。
何故かしっくりと来た光景に、私は激昂しなかった。
詐欺師の『空っぽの無限収納』を所望して。兄とヴィーアに古代都市を渡して。
ヴィーアの父親ダントンを、子爵の地位に戻して。
私は、父が手放したシュノー家と繋がりを持つ。
「おやおや、無限収納なんて怖いものを貰ったね。父を閉じ込めようというのかな」
3年経って、空の無限収納は小さな指輪と姿を変えて私の手に渡った。ヴィーアは兄と仲睦まじいらしい。
手の中の無限収納は、詐欺師のもの。でも、ヴィーアの、シュノー家の魔力が宿っている。
私に発動は出来ない闇の魔力。シュノー家との繋がりが、僅かにでも欲しかった。
「シュノー家の魔力の中に閉じ込められたいの?」
後宮は失踪や病、暇乞いでもう住人がない。
母の愛も無くし切った父は、何でも持っていてそれでいて空っぽだった。
そんな父を閉じ込めたらどうなるのか。そう考えながら指先で指輪を弄くる私に、彼は微笑む。
「一度、シュノー姉妹の収納に入ろうとして出禁にされたんだよな……」
想い人の中で消えたかったのに。そう宣う父は不気味で、何故か親近感が湧いた。
母を、他の女性を苦しめた酷い男なのに。それでも、心の底から憎悪出来ない。
情なんて残っていない筈なのに。
「でもマリーエバー。アルファルをやってシュノー家と関わりは持てても、あの家から誰も伴侶には出さないよ」
「何故ですか」
シュノー子爵ダントンは、妻を亡くして独り身なのに。
歳が離れているから何なのだ。彼が欲しい。
言葉を交わしたことも、勿論会ったこともない。それでも、彼しか居ない。
「第一王子が口説きに行って、処理されたから。もうこれ以上は受け入れて貰えないよ」
手の中でミシリ、と指輪が悲鳴を上げた気がした。
幼い私の手で握り潰せるものでもないのに。
触れた手の先が冷たくなってゆく。
「彼らは無欲なんだ。それが魅力的で愛しい。分かっているだろう?」
決して振り返ってくれない。手に入らないから、愛しい。
「お前にも分かるよ。
好きで心の隙間を埋めた訳じゃない。渇望して止まなくなることを。その賢い頭だけでは何ともならない心を」
お前はよく似ているからね、と父は優しい顔で嗤った。
イイね!どタイプ!好き!でアタックするドクツーン王家vsえ、何?イヤ……みたいな理由で振るシュノー家。
偶に振られないタイプの王家も出てくるので、余計拗れます。