第99話:そしてお見合い
「…………」
一応、それなりに整ったスーツを着て、俺は料亭の座敷に座っていた。隣にいるのは父者とお付きの人。そのまま湯呑の玉露を飲みつつ、時間を待つ。女性が待っている部屋まで赴かなければならないが、タイミングというものがある。外の庭園が見える以外は仕切りで囲まれた部屋だ。その襖越しに、ルイとタマモが待機している。これについては父者マダイにも納得してもらっていた。俺と付き合っている女子が、財閥的にどうなのかという話もあるが、別に駆け落ちをしてもいいのだ。俺は。財閥の庇護下になくても生きていけはする。とはいえそんなことをするとサヨリ姉に追っかけられそうだが。
カコーン、と鹿威しの音がする。
「お待たせしました。申し訳ない」
そうして相手が待っているスペースにお邪魔する。スーツを着た男性。着物を着た女性。たしか風間という家だったよな。格式の高い家だが、今は大分落ちぶれているとか言う。失礼な言い方かもしれないが、家名だけで成り立っている家柄だとは既に父者から聞いている。とはいえ格式は高いので、打診されると断れないらしい。それが娘を娶ってくれと言うお願いであれば、拒絶するのはかなり難しいとのこと。なので、風間の家と縁を結ばないためには俺がこのお見合いを破談に持っていくしかないわけで。そういう理由もあって、父者は俺を指名したらしい。マダイの理屈も分からないではないが、だからって俺に白羽の矢を立てんでも。おかげでルイとタマモに不満を抱かせる羽目になったのだ。
俺的にはルイとタマモに俺以外の人間と握手会をして欲しくないという感情もあって、その逆方向が今の二人の感情だろうとも。スーツの男性と着物の女性。父親と母親だろう。その二人に挟まれて、着物を着て楚々とした化粧をした少女の顔を見る。
「――――――――ッッ!」
そうしてお嬢様だろう女子を見て、俺は呼吸していた息を逆流させる。
「ゲホッ! グホッ! ゥおおっ!」
俺が唾液を気管に入れてむせているところに、だが何事もなかったかのように、相手は慇懃に頭を下げた。
「風間睦代と申します」
その名前は聞いているが、俺の予想をはるかに超えている。桔梗をあしらった紫の着物。その衣服に負けないくらい魅力的な女性。年齢的には俺と同じくらい。ただ目には理性があり、表情にも戸惑いが無い。髪は綺麗な黒だが、反射しているところは青色に滲んでおり、着物を着れる程度にはスレンダー。
その女子の芸名を、俺は知っていた。
「臼石アワセ……」
「おや。御曹司。娘を御存知で?」
それで俺の認知が嬉しかったのか。臼石さんの父親がニッコリと破顔した。
「まぁ、ネットでよく見かけますよね」
そんなどころの話ではないが、俺がオメガターカイトの推しだとバレると、それはそれでやりにくくなるので黙秘。
「今日はよろしくお願いします」
とてつもなく冷静に一礼して、そうして佐倉の側も席に着く。全員正座だ。
「それではまずは互いのご紹介から……」
云々。我が娘がどうの。我が息子がどうの。結婚する際のメリット。娘も憎からず想っているのどうの。どうでしょうか佐倉さん。などなど。会社で営業でもしているのかと疑いたくなるくらい娘を売ろうとするプレゼンに俺がどう応えるべきか悩んでいると。
「そうですな。風間さんのご意見は分かりました。しかし二人が初対面なのも事実。ここは若いお二人に任せて、今後の未来を想起してもらう……というのはどうでしょう?」
心にもないことを平然と言ってのけ、俺にグッとサムズアップするマダイ。父親としてそれでいいのかとは思うが、そもそも庇護されている身としては、逆らうのも難しく。さて、どう断るべきか。
「そうですな。では、邪魔者は退散して、娘と御曹司に仲を深めてもらいましょう」
そう言っていそいそと座を外す保護者勢。俺としては冗談ではないのだが、この場で助けを求められるのが誰もいないという。あえて言うなら隣に待機しているルイとタマモだが、場合によっては状況が混迷しかねない。お見合い写真に目を通していなかった俺も悪いが、誰がオメガターカイトのメンバーがお見合いに来ると思うよ?
「佐倉マアジ様……でよろしかったでしょうか?」
「えーと。はい。マアジです。良しなに」
「わたくしの芸名を知っていらっしゃるのですの?」
「さっきも言ったが。臼石アワセさん……ですよね?」
「ですわ。そのー。聞くのも憚られますが、ファンだったりします?」
「まぁ箱推し程度ではありますが」
何この空気。なんでお見合いの場でアイドル談義をしているのだ。
「その、できればわたくしがお見合いをしていたということは……その……秘密にしていただけると……」
アイドルだしなぁ。お見合いしている時点で事務所が文句を言ってくるだろう。
「そもそもマズいと分かっていて出たのか?」
「風間の家を守るために、佐倉の御曹司の嫁になれ、と」
世知辛い世の中だ。
「実際のところ、貴方様も下卑た思想をお持ちでしょう?」
「無いとは言わんが」
そりゃ臼石アワセと婚約を持ちかけられたらな。
「エロ同人みたいに?」
「そのネットミームが通用する時点でどうかと思うが」
別段俺からどうのこうの言うつもりもないし。話題を探すのも億劫で、茶を飲んで誤魔化していたが、相手方にすれば佐倉財閥の御曹司である俺と婚約まで持っていかないといけないのだろう。もちろん俺の側には結婚する意志が欠片も無いわけで。
「ちなみに好きなおかずは?」
「唐揚げ」
「そのー。示威行為の」
「ガチホモ系ですな」
「…………」
すっげー困っている表情になる臼石さん。
「ジョークです」
「そのお綺麗な顔で言われると、信じたくなるんですが」
「BLには理解ありますが、一応性癖は標準ですよ」
からかったというより、相手が俺にどこまで引かないか試したのだ。
「標準……ということは、女の子とニャンニャン」
「出来たらいいですね」
ニコリと笑んで俺は誤魔化す。まさかルイやタマモと夢の中で……とかここで言えるわけもなく。
「そういうそっちは?」
「寝取られ系ですわ」
「…………」
今度はこっちが返答に困った。寝取られ……ねえ。
「わたくしの好きな人がわたくしではない誰かを愛していると興奮しますわ」
「大丈夫か? それ」
「中学の頃に好きな男子に告白して、彼女がいるからと断られたのは興奮しましたわ。アレ以降、わたくしは想い人が別の女性を抱いていると妄想していたすのが日課ですわ」
すいません。誰か助けてください。臼石さんの言っている意味が俺には理解できない。日本語の意味は分かるが、それがどういう意味を持つのかがわからない。
「マアジさんには彼女がいまして?」
「いてございません」
二人ほどいるのだが、それをここで宣言するのも上手くないわけで。
「マアジさんに彼女がいればわたくしの新しいおかずになりましたのに……」
「そもそも好きな人じゃないですよね?」
「いえ、好きですわよ? お顔の作りが丁寧で。いわゆるイケメンに分類される……。なので彼女が出来たら教えてください。貴方様で慰めますわ」
救急車を呼ぶべきか。だがなぁ。別に人に迷惑かけているわけでもないんだよな。単に性癖が振り切れているだけで。それもそれでどうかと思うが。




