第97話:家柄のしがらみ
「すみません。佐倉マダイにアポを取っているんですが」
で、用事も優先して、俺は佐倉コーポレーションの本社ビルに来ていた。父親である佐倉マダイに呼ばれたのだ。放課後に向かうと言ってあるので、エントランスではシャンシャンで通る。俺の顔は受付嬢も記憶しているらしく、ニコニコ笑顔で案内された。ちなみに俺は学校から直で来ているので学校制服。こっちの方が話が早いだろう。
「よ」
「来たか」
取締役用の部屋に父親のマダイはいて、俺を出迎えた。執務机で仕事にとりかかり、俺は中央の接客用のソファに座って、窓側の執務机に座っているマダイを見る。混カシミアのスーツ。割合は知らないがカシミアって単体ではスーツに出来ないらしい。精々コート。秘書が紅茶を用意してくれた。
「何か……用なんだろうな」
「そうだな。用がある」
重々しい口調を使っているが、目の前の父親が外見の印象より冷たい人間でないことは俺は知っている。中々友好的な雰囲気を出すのが苦手な御仁だが、その本質は善良だ。
「で、何をしろと?」
一応相手は財閥の総帥なので、逆らうことは出来んのだが。
「お見合いをしてほしい」
「…………」
口に入れた紅茶の味が一気に苦みに変わる。何言った。こやつ。
「だからお見合いだ」
「いや。その」
「ダメか?」
「ダメかダメじゃないから、確かにダメなんだが」
ルイとタマモに嫌われたくない。それは俺の本心だ。俺が逆にルイやタマモがお見合いをするとか言い出したら嫉妬で狂っているところだろう。その意味でチェス盤をひっくり返す思考実験をすれば、俺の縁談の話に彼女らがどう思うのかはすっげー容易い。
「しかしお見合いって」
「相手の年齢的にお前が一番適任だと判断した」
「佐倉財閥なら所属している血縁もそこそこいるよな?」
「既婚者を除いて、婚約適齢期で、ついでに問題が無いと思われる筆頭候補がお前なだけだ」
いや。すんません。お受けできないんですが。
「彼女とかいるのか?」
「お付き合いしている女性が……」
「では黙秘でお願いする」
「流石に無理」
「これは佐倉財閥の血族として命令してもいいくらいだ」
「俺じゃなくてもよくね?」
「相手に無理を通せるほど強くないのだ。私の胃は」
つまりお見合いを断れる程度の相手ではない……と。とすると別の財閥の令嬢か?佐倉財閥はオーバリストを統括する財閥だが、それにしても他家との関係も蔑ろには出来ないだろう。とすると、お見合いをするにあたって、安牌を切るのは必然。つまり俺が安牌か?
「ちなみにお見合いのスケジュールは?」
「二週間後だな」
「了解。確認を取る」
「確認?」
「恋人に縁談を受けていいか」
「できるだけ穏便にしてくれると助かるんだが」
「ちょっと独占欲強いから。ダメだったら説き伏せられんぞ」
「それでもマアジには出席してもらうがな」
そこは総帥権限らしい。仕方ないので、「その案件は持ち帰って熟考させてもらいます」とだけ言って、俺は佐倉コーポレーションの本社を去った。さて、どうしたものか。既に杏子ともキスをしたし、その上で父親から縁談の話。杏子とのキスでさえ、二人は納得していない。仕方ないとは思っているのだが、拒絶するならそれに越したことは無い……というのも本音ではあろう。
「とりあえず夕飯かぁ」
今日は鍋にするか。どうせルイとタマモは仕事だし、サヤカとイユリと三人で……となると水炊きでいいか。
「となると鶏肉と白菜と春菊と……」
頭の中にレシピを数えながら、俺は家へと帰る。途中でマーケットに寄って食材を買い込む。
「お姉様ぁ~!」
家に帰ると、イユリがまず抱き着いてきた。おっぱいが大きいので俺もタジタジだ。
「うへへぇ。マアジお兄さんのお尻~」
その背後に回ったサヤカも俺のお尻に頬を撫で擦ってくる。男のお尻が大好きなサヤカらしい。なお本当は直接がいいらしい。男が女のお尻に顔を埋めたいのはわかるが、逆のケースもあるんだな。
「お姉様。今日はクラシックメイド服をお願いします」
「いいけどさ」
そうしてモノクロのメイド服を着て、レースをあしらったカチューシャ。足にはガーターベルトのソックス。で、そのままキッチンに立って素材をぶつ切り。出汁だけとって、鍋を煮込む。IHヒーターをリビングのテーブルの中央において、俺とサヤカとイユリで囲む。鶏肉。白菜。春菊。ニンジン。キノコ類。ダシの香りが空腹を刺激する。
「いっただっきまーす!」
「いただきますデス」
「たっぷり食え」
そんなわけで三人でディナー。ルイとタマモは羨ましがるだろうが、知ったこっちゃないね。で、そのまま俺は水炊きを食べる。
「今日遅かったにゃ。何かあったお兄さん?」
「色々となー。ルイとタマモにご寛容に頂かないとどうしようもない案件が……」
「つまり女性関係デスか」
世の中は思ったより生きにくい。
「じゃあお兄さんはまた恋人作るの?」
「恋人はルイとタマモだけだ。それ以上は増えないし減らない」
「サヤポンもお兄さんの恋人ににゃりたいんだけどにゃー」
「お姉様のスールになりたいデス」
「気が向いたらなー」
そんなわけで、説明責任が発生するのだが、出来得るならば言いたくない。だが筋を通さずに極秘にするのも躊躇われて。じゃあどうしろと、と言われても俺には何も分からず。
「イユリ。はい」
俺は鍋奉行をしていた。メイド服なので、また仕事が型にハマるというか。メイドさんと鍋って合わないような気もするが、奉仕活動としては鍋ってちょっとマスト。
「うーん。美味しいデス」
「ところで、その相手ってわかる?」
「いや。そこら辺は不備があるらしく」
「不備?」
「お見合い写真は見ていない。ただ父者の口ぶりでは結構な大家だな」
「まぁお兄さんが佐倉財閥の御曹司だし。お見合いってなれば相応の女性だろうね」
「俺にはルイとタマモがいるんだがなぁ」
「自由恋愛に憧れを持っているタイプデスか?」
「いや? 単に世界で一番ルイとタマモを愛しているだけ」
「むぅ」
「むぅデス」
「俺が辛いときに、一緒にいてくれたのが……あの二人だから」
白菜をモグモグしながら、俺はそう語った。別段順番の問題かもしれないが、役満をあがるにも手牌と状況とツモ運が必要なのだ。




