第96話:この世を夢と思うならば
「お姉様……」
「ふふ、可愛い子。こんなにも濡らして。恥ずかしくないのかしら」
俺は今女体になっていた。何がどうのという話でもないが。まぁ所謂夢の中。片中サヤカの夢の中で、そのシステムをクラッキング。俺がサーバーを支配して、そのまま意識を改竄。でイユリの望み通り、俺は女性としてイユリを嬲っていた。
「お姉様」
「ほら。キスをせがみなさい? 俺の気が向いたらしてあげてもよくてよ?」
「お姉様ぁ。拙にお慈悲をくださいデス」
中略。
「うへへぇ。マアジお姉様ぁ~」
で、俺が早朝に起きて、隣のイユリを見ると、幸せそうに夢の続きを見ているらしかった。俺が女子としてイユリを嬲るという夢は彼女にとって至福のひと時らしい。俺的には女体という感覚に慣れていないのだが。一応股間のブツが無いのにも違和感を覚えない程度には経験を積んでいるが、やっぱりあった方が燃えるよなぁ……とか。
そうして五人分の飯を作って、カチャカチャと食べる。オメガターカイトも全国的に売れているので、個々人でも仕事はあるし、ライブの練習もある。ルイとタマモは芸能科のある高校に通っており、サヤカとイユリは別の高校。ついでに杏子は俺と一緒の高校。ちなみに、さすがに杏子とのいざこざは俺とルイとタマモの三人だけの秘密だ。
「おっはよーです。佐倉くん」
で、今日もフェイクメイクで目のクマを濃くして、頬に影を落とし、そばかすで偽装した俺に容易く話しかけてくる杏子。ニコニコ笑顔で俺を見る。本気で俺と会話できるのが嬉しいらしい。俺は既に杏子を推しにはしていないが、杏子にとって俺は推しらしい。
「いつものフェイクメイクもバッチリだね」
何でも聞くに文化祭での俺の可愛さはひと夏の幻だったと噂されているらしい。夏じゃないんだが、というツッコミは意味がないだろう。アレ以降、手芸部の部長である織部氏に誘われているのだが、あんまり着せ替え人形にされてもアレなので、ちょくちょく断っている。実際独占欲はあるのだろう。杏子も俺の素顔がバレることには反対らしい。
「で、要件は?」
「デートしませんか?」
「しねーよ」
自分の職業を言ってみろ。
「私的にはマアジとデートしたいのです」
「エンターメイトに迷惑掛かるだろ」
まさに今更だが。既にルイとタマモとデートしてんだよなぁ。その上告白して付き合っているし。
「オメガターカイトの青春は愛より出でて愛より青し……の収録とか無いのか?」
「先月撮ったから、そろそろ呼ばれるかもね。あ、動画は見てね?」
「無論だ」
オメガターカイト推しの俺があの番組を見逃すなどあってはならない。
「今日は仕事ないしさ。一緒にどっかいかない?」
「生憎と用事がある」
「女じゃないよね?」
「女だったらどうする?」
「佐倉くんを刺して服毒する」
一人ロミジュリかよ。心中っていうか殺人と自殺じゃねーか。
「大丈夫だ。父親だから」
「そう言えば、佐倉くんの親御さんって何してるの?」
「普通に会社で働いてるぞ」
嘘はついていない……はず。
「どこ住まい? 私も招待してくれない?」
「絶対無理」
場合によっては血の雨が降る。
「都心の一軒家とか?」
「どこにでもあるマンションだな」
マンションそのものはどこにでもあるので間違っていない。
「お邪魔させてくださいよー」
断固として断る。ルイとタマモがどう出るか不透明だし、サヤカとイユリもいい顔をしないだろう。まずもって、俺は杏子を家に上げたくない。
「私のこと好きですよね?」
「何を根拠にそれを言っているんだ?」
「キスしたじゃないですか」
「なぁ。学校でそれ言うの止めない? あと俺から進んでやったことは一回も無いから」
「オメガターカイトのメンバーのキスはどうでした?」
「超よかった」
特にルイとタマモのは。断じて杏子のモノではない。あくまで杏子が言っているのは自分とのキスについてだろう。
「したくなっちゃいました。人目に付かないところに行きません?」
「謹んでごめんなさい」
「佐倉くんは素直じゃないなぁ」
「もうお前は推して無いから」
「でも可愛いって思ってくれてるでしょ?」
「そらまぁ」
杏子が可愛くなければ、美少女なんてルイかタマモくらいだ。
「今日のミッションを授けます」
「聞くだけ聞こう」
「私は放課後までに誰かと必ずキスをします」
貴様……。
「もし私と別の人にキスをしてほしくなければ、佐倉くんがするしかないよね?」
「脅しだろ」
「本当にそう思う?」
……………………。
「マアジはキスしたくない? 私と……」
「したくないと言えばウソになる」
「じゃあ後でね」
そうして彼女は去っていく。夢の中では女子になってイユリを嬲ったが、その時のキスが想起された。なんでオメガターカイトのメンバーって誰も彼も唇が甘いんだろうな。
ルイも、タマモも、サヤカも、イユリも、杏子も。
「とは言っても流石にこれ以上は増えないだろうけど」
「――――緊急です」
そして放課後。俺がこのままどうしてくれようと思っていると、アプリであるオーケーマアジがスマホから鳴った。そのまま学内ローカルネットで杏子のスマホの位置が表示される。近くの女子トイレだった。そのまま向かってもよかったが、さすがに人目を気にする。そうして女子トイレに侵入してトイレのどこにいるかまでオーケーマアジは示している。そうしてトイレの個室にいる杏子はメスの顔をしていた。
「佐倉くん……ッッ」
そうして扉を開いた俺の首に手を回し、個室に引きずり込み、鍵をかける。
「ん♡……ちゅ♡……ぷ♡」
甘く、深く、淫靡なキスだった。俺に依存している杏子の、その背徳的なキスは俺に罪悪感を与える。既に正式にルイとタマモと付き合っているのに、オメガターカイトのパフォーマンスを考えると杏子のテンションを下げるわけにもいかず。
「佐倉くぅん♡ 大好きぃ♡ 私だけの佐倉くんぅぅ♡」
そうして俺とキスを交わして、唾液を交換する。俺の方もテンションが上がって、そのまま呼吸を交わす。とはいえ仕方ない。俺がキスしないと、杏子は他の奴とキスしてしまうのだ。脅されて、仕方なく、原理上、俺はキスをする。
「大好きだよぉ♡ 佐倉くぅぅん♡」
チュパ、チュパと唾液の跳ねる音がする。その淫靡なシーンが俺の高校でやられていて、ついでに片方が、あの角夢杏子であるなんて、在校生は誰も悟っていないだろう。




