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第94話:ちょっと過去のこと3


「ふー」


 駅でのこと。俺は女子トイレで用を足して、その鏡を見る。ピンクの髪の痛い系少女。それ以上ではなく。こういう事も珍しくないので、俺は女子トイレにも慣れていた。社会的にどうかとは思うが、さすがに男子トイレに入ると波乱がある。


「よし。この後食事して。それから謝る」


 それだけ予定を立てて、俺はトイレを出た。そうして駅前で待ってくれているルイとタマモと合流して……………………はぁ。溜息。そりゃつきたくもなる。ルイとタマモが庵宿区ではかなり高位の美少女であるの事実で。つまりルイとタマモとバレていなくても、庵宿区にいるナンパ待ちの美少女二人組とでも思われたのだろう。


「はいはい。そこまで」


 俺が成年男性二人の肩を叩いてナンパを中断させる。


「あ、なんだ。お前も女か」


 男ですが。


「その二人は俺の客。だから横やりはメンゴ」


「女子三人で遊んでいるってことか?」


「そういうこと」


「じゃあ俺らも混ぜてくんない? 男がいた方がバランス取れるだろ?」


「すまんが」


 そう言って俺はルイにキスをして、タマモにもキスをした。


「ッッッ」


 瞠目するナンパ男たち。


「残念ながら二人とも俺の嫁だ。誰にも渡さない」


「マアジ♡」


「…………マアジ♡」


「同性愛って奴か?」


「さいでーす。なので男はノーセンキュー」


 ニヤッと犬歯を見せて笑って、俺は男二人を挑発する。


「じゃあこの後ホテル行って三人でやろうなぁ」


「うん。ボクも頑張るぞ」


「滅茶苦茶にしてくださいお姉様♡」


 そんな俺ら三人を見て、ギリッと歯を噛みしめる男二人。


「だったら男の良さを教えてやるよ。ちょっと来い!」


 俺の服の胸ぐらを掴んで凄む男。その彼の拳に、俺はチョンチョンと拳でつついた。鋭敏に察せられる痛みは人間の危機管理のたまものだ。それが鋭い針だと触覚だけで分かったのも、冷静である証拠だろう。


「なん……だ……それは?」

「サボテン?」


 男二人が俺の右こぶしを見て、唖然とする。そしてサボテンは間違いではない。びっしりと針の生えている俺の右こぶしは正にサボテンだった。


「というわけで引いてくれ。もし俺らにコナをかけたら容赦なくコレで殴る」


 ヒラヒラと右こぶしを揺らして挑発。


「んな脅して怖がるとでも――――」


「――――ちなみに言っておくが、これで刺されると手術の必要があるぞ」


 相手が不屈の闘志を見せようとしているところに冷や水をかける。


「ッッ」


 それで男の覚悟が揺らぐ。


「サボテンの針は細い上に刺さりやすく剥げやすい。どういうことか説明するのも面倒だが一応な。この拳で殴られると、その殴られた箇所に針が突き刺さって、そのまま俺の拳から分離する。つまりお前らの身体の何処かに刺さったまま抜けなくなるわけだ。抜き取るためには切開手術が必要で、被害部位を切ってピンセットで一本一本取り除く、果てしなく痛みも時間も手間も手術代もかかる最悪のケースに見舞われる」


「「…………」」


 流石に想定外過ぎたのだろう。男二人は沈黙した。


「切開手術するか? 無数に刺さった針を全部取ってもらうために何度も何度も身体にメスを入れられて、痛い思いしながらピンセット肉体に突っ込まれる覚悟はあるか? あるならいいぞ。かかってこい。俺はどっちでもいいので遠慮は無しだ」


「ぐ……」

「クソが!」


 そうして決着。酸っぱいブドウを見た狐のように悪態をついて去っていく。


「ま、正義は勝つってことだな」


「ちがうぞ。愛が勝つんだぞ」


「…………ついでにラブロマンスが勝つんです」


「じゃ、行くか」


「どこに?」


「ホテルに予約取ってんの。レストランの個室でディナーとしゃれ込もう」


 そうしてタクシー捕まえて、ホテルへ。俺の顔は通っているので、ホテルマンは淀みなく個室に案内してくれた。


「佐倉様。食前は何にしましょう?」


「フレッシュジュースで。ルイとタマモは?」


「こういうところ初めてだぞ。同じもので」


「…………あたしも」


「じゃあ二人にはシンデレラをお願いする」


「承知しました。すぐお持ちしますので」


 そう言ってホテルマンが退室。俺とルイとタマモでテーブルを囲んで、壁面全体がガラスとなっている高層ホテルの一室から東京の夜景が見える。


「凄いところだぞ。来たことあるの?」


「サヨリ姉がちょくちょく使うから。俺もホテルマンには顔覚えられてるな」


「女装してても?」


「そこはまぁ。自己申告で」


「…………ところでシンデレラって?」


「ノンアルコールカクテル。三種類のジュースを混ぜ合わせたカクテルだな」


「大人っぽい」


 とはいえアルコールは飲めんしな。そうして事前に予約したコース料理を楽しむ。俺としてはなんだかなぁ。野菜と魚と肉がそれぞれの調理法で出てくる。料理をの説明をするホテルマンだったが、その説明はあまりに難しかった。美味しいことに異論はないが繊細な味の評価を求められても困るというか。


「はふ。美味かったぞ」


「…………ですね。ありがとうございます。マアジ」


 二人が満足げにそう言って。それから俺は。膝を曲げて地面に付け。そのまま前のめりになって。手を地につけ。正座の状態から背を曲げて。額を地面に擦りつける。


「この度のこと。本当に申し訳ございませんでした」


 何のことかと言えば。俺が腕を一本切り落として入院したことだ。俺はエルフなので腕くらいは普通に生えてくるが、それでもルイとタマモの悲しみもわかるのだ。仮にルイやタマモが腕を一本失くしたら、俺もソイツを抹殺すると思う。だから俺も謝る。


「反省してる?」


「半分しているが、半分はしていない」


「…………どういう意味で?」


「お前らを悲しませないために自重する。その意味では反省している。というか俺も痛いのは嫌いだからこんなことは金輪際したくない。それは事実。だが! もしオメガターカイトに問題が起きて、俺の腕一本で済めば、その時はためらいなく腕を落とす。その点では反省していても結果論として反省していないということになる」


「オメガターカイトのために腕を落とせるの?」


「もちろんだ」


 だからごめんなさい。お前らの心配を蔑ろにしてでも、俺はオメガターカイトを推したい。この世で宇宙よりも広くて深いのは一人のドルオタの推し活なのだ。


「だからもう一つ。そんな俺を守るために……というのは言い訳だ。そうじゃなくて。ただ単純に。ルイとタマモを誰にも渡したくない。だから二人とも俺と恋人になってくれ」


「直球……だけど……はい、だぞ。末永くよろしくお願いします」


「…………嬉しい。……なぁなぁじゃなくて直球でマアジが告白してくれた。……それが嬉しい」


 そうして退院直後の秋の頃。俺とルイとタマモは三人で恋人になった。


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