第89話:朝御飯はお茶漬け
「リンリンランラン朝が来る♪ 何が無くとも朝が来る♪」
まぁそんなわけで朝早く起きた俺は、そのままキッチンに立って朝飯を作り始めていた。とは言っても別に丹精込めた家庭料理とかしているつもりもなく。米を炊いて、卵を焼いて、野菜は簡易サラダ。あとはお湯を沸かしてお茶漬けの素とインスタント味噌汁を用意。誰にでもできる現代社会の歪だが、今のところルイから不満が出たことは無い。
「今日もよろしくオメガいします! オメガターカイトの黒岩ルイだぞ!」
テレビをつけて、ネットに接続。オメガターカイトの配信動画を見て、俺は心を潤わせる。とてもではないが清純派アイドルを気取っている動画内の黒岩ルイは、現実のソレと乖離する。俺的には中々言葉を探すのも苦労するのだが。
「タマモ~。ギュッてさせるデス」
「…………いいですよ。……イユリは甘えん坊だね」
「えへ~」
で、動画内ではイユリが百合営業をして、動画コメントにイユリとタマモの百合に癒されている人多数。
「これ見てるお兄ちゃんたちは全員雑魚だにゃー」
挑発気味なサヤカの発言にも、「踏まれたい」「わからされたい」などのコメントがつく。
そうしてオメガターカイトが和気あいあいと動画を盛り上げて、そのネット動画を見て俺は心を癒されているのだが。それはそれとして朝飯の用意も万事抜かりなく。
「おわよ~ぅ」
「…………おはようございます」
「おはよーだにゃ」
「おはようございますデス」
で、因果律がどうトチ狂ったらこうなるのか知れないが、オメガターカイトの半数が、俺の部屋のダイニングに集まる。マジでどうなっているんだ。全員俺の寝室から現れて、パジャマを着崩している。特にサヤカ以外のメンバーは胸が大きいので、俺の覚える感想は仏教徒が菩提樹に感じる思いに限りなく近い。
「はい。飯」
全員分のお椀に米をよそって、お茶漬けの素を投下。お湯をかけて出来上がり。あとはサラダと卵と味噌汁。前にも言った気がするが、俺の勝手な都合で朝飯に肉は出ない。食いたきゃ勝手にしてくれとは言っている。
「うまうま」
ついでにコーヒーも差し出して、食後のフォローも万全。それから全員シャワーを浴びて、身だしなみを整えて、登校の準備をする。それは俺も同じだが。
「フェイクメイクも大変だね」
「もう慣れたがな」
何を言っているかと言えば、俺のメイクだ。目元にクマを演出して、そばかすをいれる。頬のシャドウを書いて完成。冴えない男子生徒佐倉マアジの完成だ。
「ま、学校でモテても困るからそれはいいんだぞ」
「モテねえよ」
「既にオメガターカイトのメンバーが四人もここにいる時点で、その発言は破綻しているんだけど」
そうだったな。
「マアジお兄ちゃん。残念な感じににゃるにゃ」
「もうすでに化粧のマジックですよ」
「お姉様。帰ったら新しいロリータファッションを着ていただけませんデスか?」
「着るのはいいんだが。また買ったのか?」
「十二階の秘密基地に幾らでも入るデスし」
「あー。じゃあ帰りにな」
そんなわけで全員登校と相成った。ルイとタマモは芸能科のある高校。案外近かったりする。あくまで駅経由で時間を換算すれば、と条件は付くが。俺も電車だが、さほど遠いわけではない。サヤカとイユリはそれぞれの高校に通っているが、そもそもこのマンションが駅近なので、さほど困ってはいない様子。サヤカに至っては今まで実家から通っていたので東京の高校に通うという意味では、このマンションからの方が交通の利便性は高い。そもそも親御さんが男と暮らすのを容認しているのかと言われれば返す言葉もないのだが。
当たり前と言えばその通りだが、マンションを出るのは別々だ。ここで俺がオメガターカイトのメンバーと仲良く出て来たら週刊誌に載ってしまう。
「くあ……」
あいつらの朝飯を作るために早起きするのが俺の日常だが、生憎と寝るのは好きな方で。無理をしているつもりは微塵もないが特に起きている理由がない限りはずっと寝ていたいというのも本音ではある。
電車に乗って学校へ。そうして学内に登校すると、誰も彼もが微妙な顔をする。
「サークラちゃん」「佐倉だろ?」「アレは夏の日の幻……」
夏じゃないんだがな。文化祭があったのは秋だ。
「むにゃむにゃ」
で、俺はその後、腕を切り落とされて一か月入院。中間テストは後日に回され。一応受けてそこそこの点数は取った。病院では暇だったので勉強くらいしかやることがない。遊んでもよかったが、既に俺の中では勉強って一日サボると違和感を覚えるレベル。特に高名な大学に行こうとも思っていないが、それはそれとして別に毛嫌いするほど勉強に思うところがあるわけでもないのだ。ただし文系は苦手だ。社会とかマジイミフ。ヨーロッパの歴史とか知ってどうしろっての。アーサー王伝説とかをテストに出してくれ。
文化祭が終わって数日後に病院に入院した経緯は、もちろん学校側に説明できるはずもなく、伝説になった男の娘メイド・サークラちゃんの伝説は校内で激震だったらしい。なんでもミスコンも杏子と僅差で二位だったとのこと。まぁ俺の女装は可愛いから。
もちろんいじめられっ子である俺は、常に教壇前をキープ。五列ある教室の机の並びの三列目の最前席。つまり生徒が最も嫌がる席に俺は座っている。特に抵抗があるわけでもないし、気にしていないが一番正しい。ラブコメ主人公だったら窓際最後方が定番なのだろうが、俺は逆張り大好き男だったりする。
「えーと。佐倉……くーん?」
おずおずと、クラスの女子が俺を呼ぶ。
「ん?」
そっちに振り向いてリアクションすると、何やら相手の幻想が崩れ落ちる音が聞こえた。
「最近寝てないの?」
「バッチリ七時間睡眠だ」
深夜ドラマも見ていないし。勉強は寝る前にしっかりしている。
「目元のクマ酷いよ?」
フェイクメイクだ。と言っても嫌味になるだろうから、言い訳をする。
「どうも目元の血行が良くなくてな」
「化粧してみない? ほら、文化祭ですっごい可愛かったからさ」
「あれは秋の幻と思ってくれ」
「実は織部部長がいたく佐倉くんを気に入ったみたいで……」
手芸部の部長だ。うちのクラスのメイド喫茶で、俺のメイド服を縫った人。
「まぁ誰もが道を譲る陰キャだから、あんまり期待はするな」
「化粧しよ? そしたらまた可愛くなるよ?」
すでにしているんだよなぁ……とは言えず。
「気が向いたらな」
そんなわけで教師が入ってきてホームルーム。一時限目は数学。勉強をしていたので遅れることは無かったが、それでもここ数日の学校で勉強できるって幸せなことだなぁという感慨は、ある意味で俺を襲った不幸への皮肉だったろう。
「この時の三次曲線は……」
ふむふむ。ベクトル系の画像作成ソフトとかはまさに数学の宝庫で、授業で習っている関数なんて相手にならんくらいの技術が詰め込まれていると聞く。世の中ってすごいね。
「…………」
ノートにカリカリと数式を書きながら、学業用タブレットでも説明を聞く。けどやっぱり紙に記しておきたいじゃん?
そんなわけでニコニコ笑顔で授業を受けて、俺は満足げにノートを閉じた。四限目まで授業を受けると、そのまま昼休みだ。




