第87話:とある少女の微熱な恋
※注意
この話は外伝であって、正式なストーリーの続きの話ではありません。
第三章はまだプロット出来てないので書き始めることさえできない状況です。
単に小説に悩んだときに思いついたネタなので、二章と三章の合間のお話と思ってください。
あと横溝正史の「八つ墓村」に関して深刻なネタバレがあるので、読んでいない方はブラウザバック推奨です!
「早く第三章を書け!」と思っていなくて「八つ墓村はもう読んでるぜ!」って方だけお読みいただければ幸いです。
※――――では、どうぞ。
私が恋をしたのは学園祭でのことだと、自覚したのはその日のことで。私的にどうかと思う。彼の御尊貌は本質的に褒められたものではなく。けれどあの時だけは違ったのだ。彼の、あの可憐な美貌が、私の網膜に焼き付いている。
「…………むぅ」
彼……佐倉マアジは、寝ぼけ眼を擦りながら、校舎の廊下を歩いていた。私は以前彼の美貌を見ていた。というか学祭では誰もが見ただろう。二年某組のメイド喫茶。そこに現れたサークラちゃんはもはや伝説だ。私は一人の女の子として、確実に真っ当な性癖であったはずなのだが、彼の女装に撃ち抜かれた。あんなに可憐で儚い美少女を見て、一目で惚れてしまった。以降、彼女……じゃなく彼を観察しているのだが…………思ったよりあの時の恋心は秋心ではなかったかと自問自答している。
「うーん」
悩みつつ、彼を見るのだが、偏に言って残念過ぎる。まずあまり真っ当に寝ていないのか。佐倉マアジは目のクマが凄い。もはや目の周りの血中濃度が墨で出来ているのかと疑わんばかりに真っ黒なクマが出来ている。頬も光学的に影が出来るほどこけており、ついでにそばかすが酷い。メイド喫茶をしていた時は化粧で隠していたのだろう。目のクマ。そばかす。頬の影。それによって見るに値しない残念さ加減を演出していた。
「何してんの?」
「佐倉くんを観察している」
何をしているのかと聞かれると、他に返しようがない。気さくな友人が私に聞いたことは、つまり私にとってはストーキングで。
「捕まらない範囲でね」
「わかってはいるけど。止められない」
そもそも彼の残念さ加減がここで議論に値するのかという話でもあり。
「あの時のサークラちゃんは嘘だったのか」
友達がいないらしい、ということは聞いていたが、それはそれとして佐倉さんは誰ともつるまない。彼の噂については私も聞いている。何でも中学時代に女子の下着を盗んだらしく、それによって今の地位を得ていると。けれどそんな大事をやらかしたにしては、彼の弁明は聞かない。弁明する気も無いのか。とにかく彼にとっては特に議論にも値しないのだろう。
「何か用か?」
その彼をストーキングしていると、あっさりとバレた。私がストーキングしているが故か。彼にとっても思惑の三つはあるらしく。何で自分を追っているのか聞きたいらしい。こうなったらスパイ映画を見ておくべきだった。映画の世界のスパイたちの素晴らしさと言ったらもう。ダブルオーナインとかミッションポシブルとか。あーいうスパイに私はなりたい。
「えと……あの……」
「?」
「失礼しました!」
そうして私は逃げ去る。彼の愛らしさがあの時の嘘だった……とでも思わなければ、今の私は存在しない。彼にとっては私なんて数えるまでもない一人だろうけど、私にとって彼は唯一の存在だ。あんなにも可憐で愛らしい美少女が、一人の男子の演出だなんて、そんなことを考えるには希望が外れている。ほんとに。なんであの時は私があんなに佐倉さんに愛を覚えたのだろう。
「佐倉……さん……!」
そのままストーキングをしてもよかったが、それはそれとして、私は彼に声をかけた。図書室でのこと。夕日に当てられたオレンジ色の空間で、残念な御尊貌をしている彼が、せめて夕日でイケメンに見えればいいなぁとか思ったのだが、生憎とそんなこともなく。
「何をお読みになっているんですか?」
意味不明な敬語になったのは勘弁してほしい。図書室で他生徒に声をかけるのも礼儀上はぶしつけ。図書室はそもそも私語禁止だし。けれど佐倉さんは気さくに答えた。
「ああ、これ? 八つ墓村」
たしか金田一シリーズのアレだっけ? 私は孫の奴も知らないのだが。じっちゃんの名に賭けて、だけ知っている。まして横溝正史なんて聞いても忘れるレベル。
「文学が……お好きで?」
「いんや? 読むのはもっぱらラノベ。クソオタなもので」
「でも横溝正史……」
「八つ墓村はラノベだよ」
「そうなので?」
「ネタバレは大丈夫な方かい?」
「あんまり文学は読まないので、ネタバレも何もないかと」
「じゃ、いいか。この八つ墓村ね。お姉さんキャラに愛の告白を受けて、妹系キャラとエッチして、ついでに最後はお宝をゲットして幸せになりましたっていうベッタベタなラノベだよ。俺は妹系キャラ里村典子ちゃんが推しだったりする」
「ホラー小説じゃないんですか?」
「側面的な否定はできないが、ほぼ毒殺だからグロくはないかな。血が出たりってのもないじゃないけど、本質的にはそこじゃないというか」
「へー。ラノベの走りみたいな?」
「まぁそんなこといったら桃太郎なんて仲間を従えて仲間の能力で攻略して強いボスキャラを成敗するからラノベと言えないこともないしね」
言われてみれば確かに。
「で、俺に何か用か?」
うぐぅ。
「最近の学校のトレンド知ってます?」
「さぁ?」
本気で知らないらしい。彼女……じゃない……彼は学校の噂に興味がないのだ。とはいえこっちとしては少しくらい知って欲しいと思うのは贅沢なのか。
「サークラちゃんが人気なんですよ」
「あー、まぁ、だろうな」
「ご自覚が御有りで?」
「サヨリ姉が気合入れていたからな。可愛かったろ?」
「ぐうかわでした。どうせなら毎日女装してほしいくらい」
「んなことすると男子に惚れられそうで怖いからヤダ」
「私だってちょっといいなって思ってますよ?」
「ふーん」
で、また読書に戻る佐倉さん。
「ねえ、化粧しないの?」
「してるよ?」
「男なのに?」
「まぁやっぱり立場ってやつがあるからさ」
「せめて目元のクマとそばかすくらい隠さない? 頬がこけているのはこの際論じないとしても」
「ふむ」
彼はハンカチを取り出して、そのまま顔をゴシゴシと拭う。そうして化粧をしていると宣言したように、顔の化粧を取る。そうして私に微笑みかけて。
「ッッッッッッッッッ!!!!」
私は絶句した。そこにいたのは学際で見かけたサークラちゃん。目のクマも、頬の影も、そばかすもない。ただいるだけでイケメンの彼。けれど少女的な甘やかさも同時に並列していて。中性的で、男とも女ともつかないその顔はあまりにイケていて。
「え……えええぇぇ?」
超絶的なイケメンだ。今まで気づかなかった自分を殴りたいくらい。いや、これ、男性アイドルでも天下獲れるのでは? 目のクマと頬コケだけ消してこれ? そばかすも消えるとマジイケメンじゃんよぅ。
「なわけで、俺がフェイクメイクしないと学校中問題になるので、クマと頬コケとそばかすで誤魔化してんの」
「えーと……たしかに佐倉さんが素顔晒したらマズいってのはわかりましたけど……なんで私にはバラしたので?」
「なんかストーカーしていたから。答えた方が早いかなって」
「またサークラちゃんやってくれませんか?」
「そーだなー。手芸部の織部部長が可愛い服を作ってくれたら、それに合わせて可愛い格好と可愛いメイクをしてもいいかな。ただし裏オプ無しで」
「わかりました! 手芸部部長に直談判して来ます!」
私は悟った。佐倉さんが可愛い衣装を着て、私がそれを見ることがデスティニーだと。待っていてくださいサークラちゃん! 私はもう一度あなたに巡り合う!
※――――というわけで短編でした。
第三章はまだまだ先です。




