第84話:エルフの暴虐
「カチコミか!」
「海に沈む覚悟はできてんだろうなぁ!」
まぁカチコミだし、海に沈む覚悟は出来ていないんだが。八裂組の屋敷。そこに押し入った俺を三下の人間が迎え撃つ。何の遠慮もなく鉄砲を抜いて撃ってくるが、俺はそれに対応していた。
チュインチュイン!
撃たれた鉛弾を、俺の掌が弾いて逸らす。そもそも照準がおざなりすぎて、俺の向かってくる銃弾は全体の二割程度だ。
そのファイアラインを見切って、俺の手の平に具現化されているアイアンウッドが射軸を逸らす。結果、俺には一発も被弾しない。
チュイン!
撃たれた弾丸の軌道を逸らす。一応アイアンウッドもゲノムコードを改竄しているので、問題はないのだが、それはそれとして相手は銃に慣れていない。そりゃアメリカの海兵隊ではないのだから、日常的に銃を訓練するなんてありえないのだろうが。とはいえお粗末な銃の腕で俺に敵うと思われるのはちょっと心外。
片中サヤカはここにいる。それは分かっているのだが。少しポイントが屋敷内なのだよな。まぁ踏み入れば問題はないわけで。
「舐めるなよコノォ!」
さらにナイフを構えて襲い掛かるヤーさんの三下。俺はそれを迎えうち、ナイフを躱して、拳を撃ちこむ。
「痛ぇぇぇ!」
その俺の拳を受けた三下は、転げまわって痛みを訴える。別に難しいことはしていない。サボテンのゲノムコードを具現して、拳に棘を纏わせただけだ。その拳を受ければ、まぁ刺すような痛みには襲われるわけで。
「じゃあ失礼」
ザクリと肉体に刺す。
手甲に具現しているアイアンウッドと、その拳に具現しているサボテンの針。今回はアサガオのツルは使わない。アレは使うには質量的に限界があるし、大勢を相手どるのには向かないからだ。一人一人を拘束していては、そもそも継戦能力が維持できない。
「よ」
なので拳にアイアンウッドとサボテンを具現化しつつ、俺の伸ばした人差し指からオーバーソニックホウセンカの種が飛ぶ。それはあっさりと三下の肉体を抉って、痛みによって打ちのめす。
「拳銃持ちか!」
いえ。拳銃は持っていないんだがな。
少なくとも銃刀法違反はしていない。ヤーさんの屋敷にカチコミをしているだけで、十分大それたことをしているなとは思うが。
「はい失礼」
そうしてヤーさんの屋敷に踏み入る。中から続々と現れる三下を、撃ち、叩き、殴り込める。
「はい失礼しまーす」
そうして三下を悉く叩きのめして、俺は屋敷のお座敷に顔を出す。仕切っている襖を蹴り倒したのは演出上の問題だ。潔く入った方が相手の気を引けるだろう。
「おにーさん!」
で、お座敷の中央で転がされているサヤカを見つける。彼女にとっては救いの御手なのだろうことは分かるのだが、そもそも拉致されるなよという。
「よ。息災か?」
「おにーさん。何で?」
「お前が攫われたんだ。カチコミくらいはするさ」
「ほう。イキのいい坊やだ。うちにカチコミかけるくらいだ。その意味は知っているんだろう?」
「まぁ最悪お前らを潰せば終わりだしな」
俺の側も一切の遠慮をしない。そもそも喧嘩を売ってきたのは相手の側だ。
「こんなことをしてタダで済むと思ってんのか?」
「別にサヤカさえ返せば、俺はこのままこの足で去るだけだが?」
「それで両外建築を救えるのか?」
「ああ。それね。大丈夫だぞ」
だから、俺はあっさり首肯した。
「ここで俺たちに手を出すと、取り立てがもっと激しくなるとは思わんのか?」
「既に両外建築が借金して三ヶ月経っているだろう。五千万借りたから、その利子的には合計で一億円超。耳揃えて返すよ。口座を教えてくれ。今すぐ振り込む」
俺はポチポチとスマホを操作する。
「ほれ。教えろよ」
「――――」
サラリと述べられた口座番号に、一億三千万円振り込む。
「これでいいだろ」
「確かに借金は返してもらった。だが、資金繰りの方はどうする? そっちはまだ解決していないんだろ?」
「それも問題ない。既にうちの会社が社長の持ち株を全部購入したから。両外建築の株式は九十五パーセントをうちの会社が握ってる。もちろん破産させるつもりはないから、資金繰りに困れば増資くらいはするぞ。潰れる心配はなくなったと見ていい。当然ながらキツツキ商会が売掛金を払うまでは会社を維持するスタミナは得ているわけだ」
「え……?」
その言葉に最も驚いているのはサヤカだった。マダイから言われた痛烈な皮肉が頭をよぎっているのだろう。厳しいことを言われていた。救ってもらえるなんて欠片も思っていなかっただろう。
「なん……で……?」
「ああ、ウチのオヤジ、ツンデレなんだ」
「ツンデレ?」
「お前がオーバリストを自称した時点でお前の勝ちだ。両外建築は佐倉コーポレーションの庇護下に入ることがあの時決まっていた。ただそれを素直に言葉にできんのがウチのオヤジの悪い癖でな。俺と一緒に面会に赴いた時点で、サヤカ……っていうか両外建築の勝利だったんだよ」
「でも……」
「関係なくはない。既にオーバリストって時点でサヤカの保護は佐倉財閥の管轄だ。例えるならあの時お前が真摯に助けを求めた時点で、佐倉マダイの中でお前の目的はテレビの中のニュースではなくなっている」
「あ……」
ポロポロと涙を流すサヤカ。それに俺は苦笑して、それから拳銃を構えている組員をズラリと見やる。
「ここでやってもいいが。鏖殺される覚悟はできてんだろうな」
脅すように言う。答えたのは銃声だった。その銃撃を俺は手の平でいなして、逆に指鉄砲でオーバーソニックホウセンカの種を打ち出す。こっちには一発も銃弾が届いていないのに、相手は被弾して倒れていく。ヤーさんにとっては残念ながら保有している戦力が違う。
「さて、キツツキ商会には売掛金を要求して。借金も丸っと返した。お前らはオメガターカイトの片中サヤカを誘拐して、ついでに拳銃を抜いている。警察に連絡しようか? あとは裁判所で弁護士越しに会話でもしようか」
「これで勝ったと思ってんのか? うちは八裂組……フダツキだぜ? 恥かかされたまま終わるわけないだろ。お前ら佐倉コーポレーションの従業員がいきなり銃撃されてもおかしくないんだぞ。そっちが経済的に俺たちを潰すか。それともこっちが暴力的にそっちの社長を潰すか。チキンレースするか?」
「だから手打ちに来たんだよ。両外建築については既にこっちが株持ってる。買うか? 上場していないから株値はこっちの好きにできる。一株十万円でどうだ?」
「腕一本置いていけ。それで手打ちにしてやる」
ニィと腐臭のする笑みを浮かべる筋者の若頭。俺の腕を一本取る。そう言っているのだ。
「そしたらこっちも手打ちしてやるよ。キツツキ商会にも売掛金を支払うように言うし、佐倉コーポレーションともいい関係を続けてやる。どうだ?」
「ああ。いいぞ」
だから俺はちょっと残暑の厳しい季節のシャツの袖をまくった。ちなみに俺は両利きなので右でも左でも構いはしない。
「俺の腕でいいなら持っていけ」
「おにーさん!」
「大丈夫だって。暴力団に腕一本なら釣り合うから」
「なんでそこまでにゃーよ!」
「サヤカが大事だから……じゃ説得力ないか?」
「そんにゃぁ……」
で、俺は腕を一本失った。




