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第83話:処女の悲鳴


「あー。すんません」


 俺は茶を貰って、その湯飲みを口に付けた。


「佐倉マアジさん……でよろしかったでしょうか」


「さいですさいです」


「娘とは本当に無関係で?」


「さいですさいです」


 まぁ色々あったのは否定しないが、それをココで言ってもしょうがない。


「それで。如何な用でしょうか?」


「特に用はないんですけどね。まぁ決算書とか、その他諸々を提出してほしいのですが」


「……なんのために?」


 あからさまに相手が警戒する。当たり前か。経営の書類を出せと言われて、警戒しない経営者がいるのならそっちの方が拝んでみたい。


「いえ。否定されるなら、こっちとしても別に強制はしないのですが」


 今は学校は休んでいる。文化祭も終わったし、中間テストに向けて事態は進んでいるが、それはそれでまぁ対処はしていて。


「そんなお話が……」


「まぁあくまでこっち側の意見としては……ですけどね。別に助けるつもりはありません。ただ経済的にそういう手段もあるということです」


 その俺はというと、両外建築の本社に来ていた。まぁ普通に建てられている建築物なのだけど。さすがに佐倉コーポレーションの本社ビルと比較はできないが。


 そこで娘であるサヤカの頑張りを伝えて、そのままウチの意見を伝える。


「厳しいですか?」


 だから率直なことを俺は聞く。


「いえ。有難いお話しとは……」


 率直に言って警戒が先に立つ。その意見は頷ける。俺としてもこれが詐欺ではないと言えることではない。ただここで俺の手を振り払ったら、そもそも両外建築に未来はあるのかという疑問も浮かぶわけで。


 とはいえ状況が最悪とも言えないのも事実だ。何かの奇跡が重なって、キツツキ商会が売掛金を支払ってくれれば、借金の返済も銀行への面目も立つ。あくまでキツツキ商会が売掛金を支払うならば、という希望的観測ではあるが。つまり俺が言っているのは、自分たちで問題を解決するか。それとも佐倉コーポレーションに借りを作るか。その二者択一だ。他の手段も一つ二つ程度は思いつくが、それをここで言っても始まらない。


「もちろん善意とは申しません。こちらも商売である以上、利益優先を目的とはしています。その上で社長が納得できるかですが」


「お難しい話かとは存じますが……」


 それでも首を振るほど納得は出来ないか。ただそうなると、どうやって信頼を得たものか。いきなり問題を解決しますから、こっちに経営権をよこせと言われても、そりゃ困惑はするだろう。


「まぁ考えてください。別に、急ぎはしませんので」


 こちらが譲歩する謂れはそんなにない。言ってしまえば現状を事細かに説明して、危機感を呷って会社を乗っ取ってもいいくらいだ。それをしないのは、まぁ佐倉コーポレーションの善意というか。既にサヨリ姉の快諾は取っている。


「じゃあ今日はこの程度で。帰らせてもらいます」


 湯呑の茶を呑み干して、カツンとテーブルに置く。そして座を外そうとすると、


「待ってください。座って……ほしい」


「はあ」


 言われて、立ち上がったそのまま座り直す。その俺に向けて、対面のソファに座っている両外建築の社長は両手を両ひざに添えて、頭を下げた。


「我が社を。よろしくお願いします」


 英断……と言えるのか。


「えーと。本当によろしいので?」


 むしろこっちが困惑する。会社を明け渡せと言っているも同然だ。本気で侵略者として詰られることも覚悟していた。


 サヤカの父……両外建築の社長には頭が下がる。


「どちらにせよこのままでは首を吊ることになります。これより悪化する可能性は、それは無いとは言えませんが、溺れる者である私は藁をもつかんでみせましょうぞ」


「失礼。では、早速で悪いんですが、指定した方の……」


「それは今すぐですか?」


「早い方がいいです。何とはなれば相手は暴力団。状況に手を打つ真似はするでしょう」


 悪意の上限が無いというのは、こういう時は厄介だ。


「なので、できれば今の内に。醜聞だということは承知で、けれどもこちらの都合も聞いて欲しいですね」


「両外建築を……よろしくお願いします」


「そう言われると気が引き締まりますね。安心してください。佐倉コーポレーションは全力を尽くします」


 契約書は後追いだが、とりあえずの事情は済んだ。


「サヨリ姉。ってわけで、話は済んだから。後シクヨロ」


『さっさーい。社長によろしくね~』


「ってなわけで、よろしくだそうです」


「いえ。助けてもらうのはこちらです。むしろ感謝すべきはわたくしたちの方でしょう」


 サヤカの父親にしては礼儀正しいというか。あれからサヤカが生まれたというのがちょっと信じがたい。まぁ親の性質を子が引き継ぐわけでもないのだが。


「――――緊急です」


 話がまとまった。そう安堵すると、スマホが緊急の要件を告げてきた。アプリが信号を発した、という意味ではその通り。そして連絡相手は杏子ではなくサヤカ。速やかに位置情報が見て取れる。今、サヤカは東京にいるはず。それが何故実家に帰省しているのか。というか、この某県にいることが不和で、ついでにこの前お邪魔したサヤカの実家ですらない。


「ここって何があります?」


「八裂組の屋敷が……」


 そこまで言って、はっと社長が青ざめる。


「まさかサヤカ……」


「まぁそうなんでしょうねぇ」


 そういうことは伝わるように細工してある。このままではサヤカが処女ではなくなる。別にだからどうのというほど処女幻想を持っているわけでもないのだが。オメガターカイトの経営戦略でいえばマイナスであるのは否定も難しい。


「じゃ、行きますか」


「どこへ……?」


「サヤカを取り返しに」


「しかし相手は暴力団ですよ?」


「大丈夫です。その程度は問題にもなりませんので」


 唖然とする社長には悪いが、実際に然程でもない。


 そうして俺はヤーさんの屋敷に向かう。


「なんだテメェ? ウチの組に何か用か?」


 もちろんベタのベタ寄りな三下が俺に対応した。グラサン越しに凄まれて、俺はこの場合何と言うべきか悩んだのも事実だ。


「引き取りに来た」


「何をだ?」


処女おとめを」


 そうして俺はグラサン越しに凄んでくる三下に拳を食らわせる。


 南無三。


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