第81話:祭りの終わり
「クソが!」
誰も見ていないとある教室。そこでゴミ箱に八つ当たりをしている女生徒。無抵抗に倒れたゴミ箱を、上から何度も踏みつける。そうでもしないと今の感情を表せないのだろう。まぁ仕方ないと言えばその通りなのだが。ミスコンで彼女のプレゼンに差し込まれた内容は偏に言って最悪だ。イジメが発覚することもそうだし、このままでは彼女が今度は標的になりかねない。
毒島さん。
彼女はミスコンの衣装のままで、ゴミ箱に鬱憤を晴らしていた。
「そもそも……誰のせいでこうなったと……!」
「あー……話しかけたらダメな系か? これ」
「佐倉……」
で、その裏側で防衛機制に振り回されている毒島のいる教室。その扉の外に俺はいた。
「テメェ! テメェか! 余計なことをしやがったのは!」
「まぁそうだな。二割五分くらいは俺のせいかもしれない」
ミスコンのプレゼンにアレを差し込んだのは俺じゃない。そういう陰湿な報復は俺の好むところではない。事前に知らなかった。というか知っていたら止めていた。杏子のイジメを止めるために、犠牲となる人間が出ることを俺は認めたくない。とはいえだ。そこまでわかってやったのがサヨリ姉なんだろうけど。俺のために俺の心臓に刃を刺すのは彼女の得意技でもある。
「ははは! これでうちは破滅だし! 嬉しいんだろう? クソ佐倉!」
「アレは俺じゃねーよ。脅しに使うならもうちょっとスマートにやる。むしろ俺はそのことを謝りに来たんだ」
「謝って許されるとでも!」
「知ってるよ。無知とは時に鈍感を指す。一回火傷しないと炎の脅威は伝わらない。イジメを起こす人間は机上論でしか悲しみを知らないんだよ」
「何を!」
「そういう意味では杏子に痛みを教えたお前らの判断は俺には朗報だ。自分が何をしたのかを自覚させるという意味ではな。俺が幾ら言ってもこればっかりは体験しないと実感できない。百聞は一見に如かず……って此処で使う言葉だったか?」
「は! で、お前は角夢の味方を気取っているわけだ! 抱くのか?」
「残念ながら童貞だ。俺にそう言う駆け引きは向いてない。というかオメガターカイトの事情から言って、アイドルを抱くっていうのはやっていいのか?」
て、思ってはいるんだが、実際のところルイとかタマモを見ていると自己認識が揺らぐこともある。あいつらの癖の歪ませ方は、それはそれでアイドルらしからぬ。
「誰を買収した! あの会話が録音されているってことは裏切り者がいるんだろ!」
「それは自分で突き止めてくれ」
俺から言えることはそう無い。
「ああいう陰口を叩くときに、一人意見を述べなかった奴がいたら、ソイツが犯人かもな」
そこで、杏子の陰口を叩いてる状況を思い出そうとしたのだろう。あの中に犯人がいるとなれば、容疑者はかなり絞られる。
適当なことを言っている自覚はあった。そもそもだが、これは言葉にしないが裏切り者など存在しないのだ。そんな安直な手を佐倉サヨリは用いない。
じゃあ何かって?
事実はもっとえげつない。ちょっと前にあった学内ローカルネットワークの利用と、それに伴う授業管理アプリのスマホへのインストール。あれが全ての原因だ。あのアプリにはバックドアが仕掛けられていて、スマホに搭載されているマイクやカメラを常時起動させて情報を集積していた。要するに生徒たちのスマホそのものが監視カメラの役割を果たしていたのだ。もちろん刑法に違反するので、そのやり方を露呈させるわけにはいかないし、証拠能力そのものもない。俺も言うなと釘を刺されているし、そもそも言えるわけねー。
ただ。
「こっちは普通に証拠能力あるんだよな」
俺は家庭科室に仕込んでいた監視カメラの映像を毒島に見せた。多分やるだろうと思って仕込んでおいたカメラだ。普通に俺のコスプレ衣装を切り裂いている毒島が映っている。
「なん……」
「お前、織部部長にどれが角夢さんの衣装か聞いたろ。こういう事をすると思って、俺はスケープゴートを用意してたのよ。一年の女子が角夢さんの衣装を聞いてきたら、俺の用意した衣装を指してくれって」
結果、俺の衣装がズタズタに切り裂かれ、杏子の衣装は無事で済んだ。
「余計なことを……!」
「ってなわけで」
俺はレシートのコピーを、毒島に放る。受け取った彼女は眉をしかめた。
「請求書……のコピーだ。オリジナルは大事に保管している」
「?」
「その衣装の代金。二万五千円。お前が台無しにしたんだから、請求はお前にだろ?」
「!」
「というわけで支払ってくれ。二万五千円。俺だってタダで衣装を戦地に送り出すような真似はしない」
「誰が払うか!」
まぁそう言うよな。
「じゃあ生徒管轄権限で担任教諭に支払ってもらうか。その教諭が巡り巡ってお前の親に請求を申し渡すことになるな。その勇気があればどうぞご自由に」
「……なんで! なんでよ! うちは何も悪い事してないじゃん! あいつが! 角夢が悪いの! 報復されて当然でしょ!」
「ま、中々ね。納得がいかないなら幾らでも攻撃してくれ。制止する気は俺には無い。ただお前が家庭科室に忍び込んで衣装を切り刻んだのは立派な証拠映像だ。中間テスト前に自宅謹慎するか?」
「う……ぅぅぅ……うぅうぅぅぅ!」
詰み。というか俺は別に追い詰める気はなかったんだが。ちょっと痛い目を見て反省してくれればよかったんだが、まぁ百パーセント納得しろというのも酷な話か。呻きながら教室を脱兎で駆け出でて、そのままどこへなりとも消えていく毒島。
「アレで良かったのですか?」
その俺と毒島のやり取りを聞いていたのだろう。トロフィーを抱えている杏子がヒョコッと顔を出した。
「痛みが伴った教訓だ。反省するかは本人に任せるしかないな」
長々と説教するのは俺の性分じゃない。
「佐倉くん」
「なん……ぅん……!」
仕方ないので杏子に振り返った俺が何か言うより、唇が先に塞がれた。
キス。
触れるような、恋人がするような、唾液を伴わないキス。とはいえ此処は学校だ、今この場に他人はいないが、いた場合杏子のアイドル生命が終わっていただろう。
「そういうことを軽々とするな」
「やっぱり佐倉くんはカッコイイですね!」
「どこを見てそう思った」
誰もいない教室。王冠を被ってトロフィーを抱える杏子。そしてそのミスコン制覇者からキスをされている俺。
「佐倉くんは何時でも私を助けてくれる。私の王子様。好き。大好き。誰にも渡さない。私だけが佐倉くんの寵愛を受ける義務がある」
「杏子さーん?」
「どんな困難があったって、佐倉くんは私の味方。私の問題を解決してくれるの。だから私の処女は佐倉くんにあげる。死ぬまで私を守ってね?」
言えない。既に恋愛沙汰になっている女子がいるなんて。
「ま、頼りたくなったらまた言え」
「うん。そしたらまた助けてね」
とりあえずミスコン優勝おめでとうございます。




