第78話:悪意の実が熟して落ちる【毒島視点】
「あー。無理。すまん」
うちが告白をすると、少し困ったように涼宮くんは断った。
「なんで?」
涼宮くんはカッコいい男子だ。うちは憧れているし、大体の女子は憧れているだろう。その中でもうちは可愛い方の部類に入ると、うち自身そう思っていた。
「いや。好きな人がいて」
「……誰?」
押し殺した声で、そう問う。学校の教育棟の階段踊り場。そこで告白して、うちは散っていた。
「せめて相手を教えて。うちより可愛いの?」
「まぁ俺らの学校では一番可愛いんじゃね?」
それで誰かは悟れた。
「角夢……杏子……」
「マジ付き合いたくてさ。でも今のところは……って感じ」
角夢杏子……。アイツが。涼宮くんを。
「ちょっと角夢さんって調子乗ってない?」
だからうちがポロリとそんなことを言ったら、「あー」と同意が返った。
「わかるわー。アイドルだから何でも許されるみたいな空気あるよねー」
「オメガターカイトだからアゲアゲなんじゃないの?」
「だからってさぁ。学校でも我が物顔は違わない?」
「ちょっと自重してほしいよね」
思ったより角夢さんはヘイトを集めていたらしい。けれど気持ちはわかる。彼女は学校の女子にとって目の上のたんこぶだ。可愛い可愛いと男子に言われまくっている。こういう流れになるのは、ある種の必然というか。うちだって嫌っているのだ。
「ちょっとやり返さない?」
「いいねー。正当防衛っしょ」
「少し思い知って欲しいよねー」
そんなわけで角夢さんをイジメることが決定した。
「あれ?」
最初は教科書を別の場所に置く程度だった。
「あれ?」
机を漁って、教科書が無いことに焦る角夢さん。そうして棚を探って、カバンを探って、教室の後ろの棚に置かれている教科書を発見して安堵する。そのことにクスクスと嘲弄の笑いが響いた。
「教科書はありましたか? 角夢さん?」
「あ。はい。です」
そうして少しずつエスカレートしていく。
「では次に……ミスコンですが。うちのクラスから出場希望者はいますか」
ピクリ、と角夢さんが震えた。
「はいはーい。角夢さんとかいいんじゃね? アイドルだし。トップ取れるっしょ」
「だなー。っていうか角夢さんより可愛い子いなくね?」
「クラスの男子は全員角夢さん推しまーす」
そんな軽い意見に、角夢さんは困惑していた。自分が出ていいのか。それはあまりにも上から目線で、クラスの女子のヘイトを買う。自分が可愛すぎるからレギュレーション違反だとでもいうつもりか?
「クソが!」
放課後。グループ以外がいなくなった教室で、女子が荒れていた。うちも気持ちは同じだ。アイドルだからミスコンに出るのは気が引ける。そんな態度が逆鱗を撫でられるようにイラついてしまう。まさか自分の容姿は有料だから、利用したいなら金を出せとでも言っているかのような。
「毒島さんもミスコン出るんだよね? 応援しようか?」
「是非お願い」
どうせならあの天狗になっている角夢さんに勝ちたい。そうすれば涼宮くんもうちに振り向いてくれるはず。そのために必要なものは。
「ねえ? ミスコンで角夢さん恥かかせない?」
「いーじゃんそれー」
「流石にながせないっていうか」
「調子こいてるよねー」
だから追い詰める。そのためにうちたちは行動した。ロッカーにイチゴミルクをぶちまけて、トイレのドアにストッパーを掛ける。そうして角夢さんのコンディションを低下させて、追い詰めていく。実際に彼女には良く効いていた。
「あのー。角夢さんのミスコン衣装ってどれですか?」
そうしてうちは織部部長に近づいて、角夢さんのミスコン衣装を聞く。
「あー。角夢氏のならアレだよ」
とちょっとコスプレっぽい学生服を紹介してくれる。キチンとつくられている、ゲームとかに出てきそうな可愛らしい学生服だ。
「ちょ。かわわ。やばー。写真撮っていいですか?」
「もちろん」
そうして快諾されて、うちは写真を撮る。それをイジメのグループに共有して、行動に移す。ほぼ放課後ギリギリ。ちょっとだけ家庭科室の鍵をちょろまかして侵入。そして角夢さんの衣装をズタズタに切り裂く。
「は! ざまぁ!」
「だしょー。これも全部自業自得だよねー」
「調子乗ってるとこういう目にあうよー?」
そうしてミスコン衣装を修正不可能なほど切り裂いて、彼女に対する鬱憤を晴らすと、うちたちは帰路についた。明日はもう文化祭だ。今日は土曜日で、明日は日曜日。休みの日に行われる文化祭。クラスごとに出し物があって、それを見て回れる。その後はテストがあるのが難題だけど。
「あーしらマジで毒島応援するから! 角夢杏子に勝ってよね!」
「ていうか実は角夢さん可愛くなくね?」
「わかるわー。アイドルだから評価されているだけっしょー。実はよく見るとそんなでもないよねー」
「あーやだやだ。アイドルのレッテル張って男子をいいように使ってるんでしょ? それってもうビッチじゃん」
「アイドル失格だよ」
「だから思い知って欲しいよね。明日切り裂かれた衣装見て何を思うかな?」
「ウケるー。マジ自己責任~」
これでうちに負けは無い。ミスコンで角夢さんに勝って、涼宮くんにもう一回告白する。涼宮くんだってあんなビッチよりうちの方がいいに決まっている。目を覚まさせるんだ。ミスコンで勝てば、どっちが可愛いのかは明確にわかる。
「…………ふふ」
もう明日衣装を間に合わせるのは不可能だろう。これでうちの勝ち確定。勝てる勝負って楽しいな。ちょっとハマりそう。
「毒島さん明日は本気?」
「ちょー本気。化粧してくるし」
文化祭に限り化粧も校則違反ではない。ミスコンに出るとなればなおさらだ。
「可愛いからいけるって。マジ応援してるから」
うん。うちは可愛い。角夢さんより可愛い。そのことを涼宮くんにもわかってほしい。そうしたらうちと付き合うのが幸せだって気付いてもらえるはずだった。
「明日が楽しみだなぁ」
みんなで運営する文化祭。楽しい楽しい文化祭。きっとみんなにとって素敵な思い出になって、誰もが祝福されるのだ。
「明日はうちも頑張ろ」
うちのクラスの課題はクレープ屋。プレートでクレープを作って人に喜んでもらうための出し物。美味しく作れるようにはなった。いっぱい練習したのだ。美味しく作ってみんなに喜んでもらうのだ。人の笑顔が人類における絶対正義なのだから。




