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第77話:佐倉マダイ


 佐倉コーポレーションの本社ビル。その受付で俺は父親に面会の権利を取っていた。アポを取ってもいいのだが、どうせ俺が頼めばシャンシャンだ。一応オーバリストの保護を目的としている佐倉財閥はオーバリストには甘い。


「三ヶ月前に借金したんだよな?」


「トイチでにゃー」


 で、五千万借りて、今は一億超か。


「佐倉様。お父様がお会いになるそうです」


 そうして秘書が俺を引き連れてエレベーターに乗せてくれる。もちろんサヤカも一緒に。あの後車で戻って、今は東京の本社ビル。どうにも弾丸旅行というか、平日を使い潰しているようにも感じるが、まぁサヤカの問題は俺の問題だろう。オメガターカイトに不和を発生させるわけにはいかない……と俺が言うとどの口がって感じなんだが。杏子イジメられてないかね? 普通に学校をサボっているのだが、ちょっとそれが心配。


「何か用か? 我が息子」


 本社ビルの高階層の一部屋。さほど広いわけではないが、それで佐倉マダイの威圧感が減るわけでもない。


 佐倉マダイ。


 俺やサヨリ姉の戸籍上の親だ。佐倉財閥の総帥で、財閥を切り盛りしている仕事人間。もちろん佐倉コーポレーションでも社外取締役をしているが財閥運営が忙しすぎて、会社の運営はサヨリ姉がやっている。他にも兄弟姉妹はいるのだが、それはここでは論じないとして。


 ピシッとしたオーダーメイドのカシミヤのスーツを着こなす粋なおっさんだが、多分一番気を使っているのは服でも髪形でもなく髭だろう。ダンディな御髭が生えていた。


「あーと。わがままなんだが……」


「お前のわがままなら何でも聞くぞ。言ってみろ」


 問われて俺は説明する。両外建築の現状と、金銭的支援の必要性。


「…………」


 その隣で、ガチガチに固まっているサヤカは、言葉を発するのも難しそうだ。


「――なわけで、至急問題を解決しないと危ういんだが」


「断る」


 ですよねー。


 そんなこったろうと思ったよ。


「せめて理由を聞いていいか」


「お前のわがままではないからだ」


 本質的に俺が望んでいることではない。だから聞く理由がない。そうオヤジは言っている。これがアイドルと結婚させてとかだったらお見合いくらいには持っていくだろうが、そもそも本質として両外建築の問題は俺の問題ではないのだ。


「何より聞く限りではそっちの片中サヤカの問題ですらないだろう。子は財産を相続しなければ親の借金を引き継がなくていいのだからな」


 それで闇金が納得してくれるなら俺としても言うことは無いのだが。


「あ……あの……」


 震える声で、サヤカが言う。


「それでも……支援してもらうわけにはいかにゃいのですか?」


「私は両外建築に興味が無い」


 あっさりと叩き切るオヤジの言葉に、サヤカは目に見えてたじろいだ。


「このままだと……サヤポンのお父さんとお母さん……死んじゃう」


 情に訴える類の説得。だがそれはオヤジには冷笑の対象でしかない。


「泣かなくていいのか?」


 何を言っているのか。それを俺とサヤカが理解していなかった。


「?」

「?」


 困惑するこっち。そして三秒が立つ。


「三秒経ったな。泣かなくていいのか?」


「にゃにに……?」


「今のご時世。人類は三秒の一人の割合で死人が出ている。つまり真に人の命が尊ぶべきものであるならば、全人類は三秒に一度人の死を悼んで号泣しなければならないわけだ」


 三秒に一人。人が死ぬペースらしい。


「だが無条件に人の命が大切であるならば、そもそも全ての人類が世界中の葬式会場に飛び回って社会維持どころではない。片中サヤカ。お前は自分とは関係のない人の死に涙できるのか? 朝のニュースで殺人事件が報道されれば、心を痛めて哀悼したことが一度でもあるか?」


「それは……」


「今お前が言ったのはそういうことだ。私に関係のない人間の破産に金を出せと言っている。逆に聞くが、今破産しかけているのは両外建築だけではない。自らの立場を押して、中小企業の資金繰りを救おうと思ったことがお前には一度でもあるか? ソレと同じことを私にだけ求めるということが、どれほど傲慢かを、貴様は理解しているか?」


「……ッ」


 反論の余地もなかった。本質的に人とはそれだけで尊ぶべきものではない。人が大切なのではないのだ。大切な人が大切なのだ。そこに関係のある人間しか救えないし、愛せないし、悼めない。これは佐倉財閥が掲げる救済の理念にも基づいている。自分と関係のある人間だけを救い給へ。


 さて。どーすっかなぁ。マダイの考えも分からないじゃないが、とはいえここで議論する不毛さも理解できる。サヤカに説得の継続が出来ない以上は、今日はこんなところで。


「サヤポンはオーバリストだにゃ!」


 と思っていたら、サヤカはジョーカーを切った。


「ほう」


「佐倉財閥はオーバリストを保護するんだにゃ? だったらサヤポンも保護してもらいたいにゃ」


「その代わり、佐倉財閥に金を出せと?」


「だ……にゃ」


 差引の条件。


「もちろん分かっているのだろうな。後で『やはり止めた』など通じないことを」


「だって……保護してくれるんでしょ?」


「オーバリストの能力は一部を除いてブラックボックスだ。その解明のためにお前が何をされるのか。それを理解しているのかと聞いている」


「にゃにを……されるの?」


「人体実験だ」


「じん……っ」


「実際にマアジはそれを受けている。同じことをされないと何故思った?」


「おにーさん……?」


「事実だ」


 だからもしオーバリストを担保にするのなら覚悟を決めろ。俺はそうサヤカに言う。


「でも……人体実験って」


「お前の親の会社が救われるならトントンじゃないか?」


「おにーさんは受けたの?」


 というか。俺の場合は受けないと死んでしまうらしかったしなぁ。正確な事情についてはまだ聞いていないんだが。


「それでもいいなら支援しよう。ただし覚悟も無しに詭弁を弄す気なら、こちらにも思うところはある。それだけは覚悟しておけ」


「にゃ……」


「マアジ。今日のところは帰れ。片中サヤカにも思案の時間は必要だろう」


「そうだな。闇金の利子は怖いが、ここで悩んで出る答えでもないか。サヤカ。今日のところは帰るぞ」


 青ざめた様子で俯いているサヤカを押して、俺は父親の執務室を後にする。何にせよ、やることはやった。サヤカの覚悟を問うこともしたし、オヤジの側でも問題の認識くらいはしているだろう。つまりこれで両外建築は佐倉マダイと関係のない中小企業ではなくなったわけだ。それだけでも一歩前進だろう。


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