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第76話:昔は結構流行ったらしい


『無理ね』


 で、飯食って、しばしサヤカの実家で時間を潰して、ゲームやりながらサヨリ姉を待っていた。状況がわかり次第連絡すると言われ、こっちは待ちの姿勢。そうしてサヤカの母親が入れてくれたお茶を飲み、父親が奏でるクラシックギターで尾崎豊を聞きながら連絡を待って。そしてかかってきたのでオープンチャンネルで会議に突入。で、出てきた言葉がそれだった。


「無理……とは?」


 サヤカの父親が青ざめながら聞く。


『社長が困っている案件ってこれでしょ?』


 とスマホのカメラを書類に近づけて映す。その映像がリアルタイムで俺のスマホに写され、スマホの置かれているテーブルの東南西北に俺たち四人は位置取っている。全員でその精査された書類を見て、その中で俺が口を開く。


「キツツキ商会……」


 どこにでもありそうな無難な会社名のソレは不動産系列の会社らしい。で、仕事を両外建築に依頼したとある。


『で、お姉ちゃんはわかっているけど。社長? ここの問題を口で言ってくれる?』


「マンションを建てるためにウチの会社が基礎工事をして、売掛金を払ってもらうのが滞っているのが現状です」


『でしょうね』


 サヨリ姉は全部わかっているらしい。


『詐欺よ』


 だから至極あっさりと、サヨリ姉は言ってのけた。


「詐欺……ですか?」


『まぁ化石みたいなやりかたで。高度経済成長期に流行ったやり方なんだけど』


 あー。そういう。


『先に言っておくわ。社長に仕事を発注した会社。キツツキ商会だっけ? フロント企業よ』


「ふろ……」


 つまり筋者の運営している会社だ。キツツキ商会とか無難な会社名をしておきながら、裏では悪事に手を染める悪の秘密結社。全然秘密ではないのだが。


『で、これは断言するけど、銀行以外から借金受けているでしょ?』


 いやー。まさかー。とサヨリ姉の認識の六割くらい認識している俺が心の中でフリをする。ここでそんなことするわけ……。


「ええーと。はい。都合がつきまして」


 ですよねー。


『資金繰りが苦しくなるギリギリに売掛金を払うからそこまで待ってください……とか言われたでしょ?』


「はい。早く支払ってほしかったのですが、向こうにも都合があると」


 で、つまり振り込まれるまではタダ働き。けれど仕事はしたのでキャッシュフローは悲鳴を上げる。銀行に何と言い訳すればいいのか。そう悩んでいるところにお金を貸しましょうかと善意の顔で忍び寄る白い影。


「で、受けた、と」


 正気を疑うように俺が聞くと、


「は、はあ」


 頭の後ろを掻きながら、サヤカパパは言う。


「銀行への言い訳の問題で、どう説明したものか悩んでいたのですけど、あっさりと金を貸してくれる相手が見つかりまして。酒飲んでいる最中に契約をした……らしいのですが、こっちはアルコールで記憶が無く……」


 うん、そうだね。思いっきり詐欺だがな!


『支払わないわよ。キツツキ商会』


「……え?」


 サヨリ姉の残酷な言葉に意味を咀嚼できなかったらしい。


『言ったでしょ? キツツキ商会は筋者の会社。フロント企業。そもそも売掛金を支払ううつもりは毛頭ない。もうちょっとネタっぽく言えば、ううん!』


 コホンとサヨリ姉がスマホの向こうで咳払い。


『このキツツキ商会。こと金に限り虚偽は一切言わぬ。出す……! 出すが……今回まだその時と場所の指定まではしていない。そのことをどうか諸君らも思い出していただきたい。つまり……我々がその気になれば金の受け渡しは10年20年後ということも可能だろう……ということ……! って奴』


「え、じゃあ……」


『売掛金を振り込んでくれって両外建築の催促に、「もうちょっと待ってください」を連呼して先延ばし。で資金繰りに困っている社長に、キツツキ商会とマッチポンプをしている闇金が優しい顔をして金を貸す。お酒の席で、資金繰りにお困りでしょう? 私でよければお金を貸しますよ……でしょ?』


「ええ。それで五千万円借りたらしいんですが、気付けば借金が一億を超えていまして」


『言っとくけど、既に詰んでるわよ』


 だからあっさりとサヨリ姉は介錯する。


「……ですよね」


『今借りている法外な利息の借金は返す当てもなく膨れ上がる。あと二ヶ月もあれば二億円まで膨れ上がるんじゃない? トイチでしょ?」


「らしいです。酒の席でのことなので記憶が無いんですが……」


「その借金の出元はキツツキ商会と繋がっていてキツツキ商会は売掛金を支払う意思がない。となるとどうなると思う?』


「えーと。膨大な借金だけ残る……?」


『両外建築は潰れて、そうすると売掛金を支払う義理はキツツキ商会にはない。ほぼタダ同然で建てたビルを所有できる。そしてやーさんの借金取り立ては破産しても焦げ付きで泣き寝入りするほどヤワじゃない。会社を失った社長と奥さんは借金を返すことが出来ずに、社長は首を吊って、奥さんはソープに沈むでしょうね』


「…………」

「…………」


『で、借金まみれになった家庭は破滅。一軒家は差し押さえ。奥さんとサヤカはソープでお仕事。社長は首吊ってさよーならー』


 トイチで五千万円借金した。三ヶ月もあれば五千万円は一億円に膨れ上がる。その雪だるま式の借金を止める術が中小企業にあるわけもなく。自分たちが置かれている状況は理解しているらしい。それも既に先手を打たれている。売掛金を支払う意思がキツツキ商会にはないし。社長が借金した金もヤーさんはキッチリ取り立てる。一家離散。不動産差し押さえ。全部奪われてパーだな。


 普通に刑法違反なのだが、ヤーさんは普通にそういうことをする。


『じゃ、ソープに沈むのね』


「どうにかにゃんにゃい?」


 もちろん一から十まで悪いのは反社会的勢力『八裂組』なのだが、警察に訴えるとそれはそれで社会的治安が乱れる。そもそもキツツキ商会が売掛金を支払う意思がないのだから、両外建築はこのままでは破産する。後はどうなるかなど既にサヨリ姉が言ってくれた。


「佐倉コーポレーションに助力いただくわけにはいきませんか?」


『こっちも大きい資金を動かすには株主に説明する必要があるから無理』


「そんなっ!」


『だから、直談判すればいいんでない?』


 あー。なるほど。


「直談判?」


『佐倉財閥の総帥。佐倉マダイ。まぁサヨリお姉さんとマアジちゃんの父親だよ。一番佐倉財閥の金を動かせるのは佐倉マダイだから。助けてくださいって言って聞いてくれるのはマダイかなーって』


 それも真理だ。


「じゃ、行くかサヤカ」


「どどど……どこへ?」


「佐倉マダイと交渉」


「お父さんとお母さんは?」


「じゃま」


 だから俺は一蹴した。これはサヤカの戦いだ。本質的にはどこまで甘えられるかの戦いでしかない。


「なわけで、東京に戻るぞ。アポはこっちで取る」


「マアジって何者にゃ?」


「単なる一学生だ」


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