第75話:両外建築
「えーと……」
娘が男を連れて現れた、という風に今の俺とサヤカは映るらしい。何やら金回りのことで問題が発生したとは聞いたが、それがどういうことまでかは俺は知らない。サヤカにしても要領の悪い説明にもなっていない説明で、そこから情報を精査することは不可能だった。ので、しょうがないから赴いた。
隣の県にある建築会社。
名を両外建築。なんでサヤカが芸名で片中を名乗っているのか。ちょっと腑に落ちる。
「えーと……佐倉さん……」
ゲッソリとよくない痩せ方をしているサヤカの父親が、俺の名を呼んだ。
「娘とはどういう関係で?」
何と言うべきか。これほど悩む問答もそうない。
「友人です」
そういうことにしておこう。
「それでこちらに問題が発生したと聞き及び。まぁ何か力になれるかもと」
まさに説得力のない俺の言葉。その真意を確認するように父親はサヤカに視線を振る。
「サヤカ?」
「えーとだにゃ。マアジはお金持ちの家で、こういうことには強いらしいというか。そう。つまり『何か力になれるかも』だにゃ」
「…………」
そりゃいきなり娘の友達が現れて、「会社の問題を解決します」と言った場合、「はいそうですか」には普通はならん。俺としても弁論を尽くす気がないので、相手からにじみ出る不信感までは止めようがない。サヤカの母親がお茶を淹れてくれて、それを飲みつつ話を聞くことにしたのだが、もちろんいきなり見知らぬ人間に帳簿を見せるわけにもいかないのだろう。しばしサヤカの芸能界での活躍に終始する。
父親もオメガターカイトが世間を賑わせていることは知っているらしく。
「活躍しているんだろう?」
「にゃー。照れるにゃ」
すっかり俗世に染まった娘の栄達を喜んでいる様だった。俺も適当に頷きつつ茶を飲んでいて、「さてどこで切り出すか」と悩んでいる。のだが、まず俺に相談して貰えなかったら、そもそもここに来た意味が霧散するんだが。
『やっほろー! マアジちゃん! 電話してくるなんて珍しい~!』
このまま父親のオメガターカイトトークを聞いていてもアレなので、力業で場を進める。
フルオープンチャンネルで、通話機能を展開。その近場にいる誰にでも聞こえるサヨリ姉の声が、場にいる俺とサヤカ、父親と母親の耳を向けさせる。
『何の様かな~?』
「えーと。今ちょっとサヨリ姉の帝王学が必要で、話聞いてもらえません?」
『聞くのはいいけど、まずはマアジから説明してよ』
「あーっと」
つまり何やら片中サヤカの実家の会社がお金に困っているらしく。それを親からちょっと漏らされて、マズいと思ったサヤカが俺に相談。直談判というか、詳しい説明を聞きたくてサヤカの実家へ。で、こういう話はサヨリ姉の方が得意だろって話。
『まぁいいけどさー』
「ちなみにこちらの音声の方は?」
「佐倉コーポレーションの大株主」
「…………」
瞠目する御父上。東京に本社を持つ巨大コングロマリットの名だ。抱えている資金力も、採用している法務部も格が違う。家族と社員で全部回している小規模の会社とはとてもではないが比べられないだろう。
「ってなわけで俺に話辛いでしょうけど、佐倉コーポレーションの株主だったらいい案が出ると思いません?」
「本物……ですか?」
「そうか。詐称の可能性もあるのか」
たしかに俺たちから見えているのはスマホの音声のみ。カメラを起動させて映像チャットをしてもいいが、それでサヨリ姉が顔を出しても意味はない。まぁあえて言うならサヨリ姉の顔写真をネットで探して見比べて……。
「ほ、本当に佐倉サヨリ氏ですか」
見比べたらしい。
「だよだよー。佐倉コーポレーションの取締役。佐倉サヨリでぇーす。イェイ!」
ここまで来て、漸く話が先に進む。
「それで、サヤカちゃんの親が何だって?」
「…………」
信じろというのは簡単だが、それで納得できるものでもないだろう。ただ脅しくらいはさせてもらおう。
「仮にここでの話を断って、何か展望はありますか?」
俺が皮肉っぽくそういうと、ぐっと父親は言葉に詰まった。当たり前だが。
「その……ですね」
「はいはい」
「仕事をしたのです。ウチの建築会社にしては大きめの案件で」
『マアジちゃん。帳簿や資金繰り表を写真で送って。えーと。サヤカちゃんの御両親。止めたいなら然るべきところで止めてください。こっちも助けるからには全力出しますけど、台所事情を探られたくないなら、あえて助けようとも思いません』
「いえ。何にせよ危機だとは私たちも思っております。佐倉コーポレーションが手伝ってくださるなら望外の幸運と言いますか……」
「じゃあ、すみませんが書類を把握させてもらいます。サヨリ姉もいいよな?」
「ていうか私が見ないとどうにもならんでしょ」
その通り。
そんなわけで帳簿などをスマホのカメラで映していく。そうしてサヨリ姉に送って、なんとかかんとか。早朝にお邪魔して、昼くらいに落ち着いた。
「あの……ご飯食べていかれませんか?」
サヤカの母親がおずおずと提案してくれる。
「あ、いいんすか。ちょうど腹減ってて」
「お好きなモノを教えていただけると」
「何でも美味しく食べますよ」
「あ、ですか。じゃあ刺身定食でも」
「大・好・物」
グッとサムズアップ。
「お母さん。サヤポンも手伝うにゃ」
そうして書類関連を一通り送って、それからサヤカの実家に送ってもらって、ダイニングで飯を食う。普通に小さな会社を家族で運営しているためか。実家もあまり広くはなく、アットホームな風情。俺的には好意的なんだが。
「だから凄いの。マアジ。サヤポンとタマモのためにあっさりと駅近マンションの部屋を用意したんだよ?」
「それで一人暮らしを出来るようになったと言っていたのか」
「だにゃ」
「えーと。奥さん。料理上手なんですね?」
「ええ、まぁ、建築会社では表ソフトを弄っているだけなので。代わりに家のことは何でもやろうと」
「社員はどれくらい?」
「十人ですね。少数精鋭でやっています。とは言っても土木作業とあまり変わりませんが。地盤調査や基礎工事がメインですよ」
それでもしっかり会社を運営しているのだから大したものだ。
「なので、今回はちょっとがっくりといいますか」
「今それを姉が精査していますので。ダメだと結論するのはもうちょっと後にしましょう。あと奥さん。御飯お代わり」
刺身と米の相性が抜群すぎる。




