第72話:ちょっとした用心
「いいねぇ。いいねぇ。サイッコウだねぇ」
で、着々と進む文化祭の準備。その中で、俺は衣装の仮縫いに挑んでいた。とはいえ今週末にはもう文化祭だ。学校を上げてのお祭り。祭りは始まる前が一番楽しいとはよく言うが。手芸部の部長は俺をどう見たのか。全力全開で衣服を作ってくれていた。俺はと言えば織部部長の裁縫技術にあきれ返っている。いや呆れているというとマイナス印象だが、その衣装づくりの情熱と技術に打ちのめされているのだ。出来れば俺のコスプレに加えたいくらい。で、その俺はと言えば、家から持ってきた衣装を家庭科室に置いていた。
「はーん。可愛い! それ何処で買ったの?」
「秋葉原」
「再現しがいがあるなー。ちょっと借りていい? 汚さないから」
「あー。文化祭が終わったら……でいいですか」
「学校に持ってきたってことは着るの?」
「いや。その」
俺はそこである提案をした。
「――――――――」
「ん? まぁ。いいけど。なんで?」
「説明するのも億劫なんですけど」
ちょいちょい。語ると、腑に落ちた様に織部部長は納得する。
「それは……ちょっと問題だね」
「大問題です」
「わかった。当方が聞かれたらそう答えますぞ」
というわけで仕込みは完璧。あとは毒島さんが自重してくれれば、俺の仕事は終わりなのだが。
「ちなみに化粧はどうする。意外とマアジくん悪くないよ?」
「こういう時に人一倍テンションを上げる姉がおりますので」
「お姉さんがいるんだ?」
「まぁ来てほしくない人員のトップワンなんですけど」
「そんなこと言わないの。愛されてるじゃん。うりうり」
からかうように俺に肘をあてる織部部長だが、俺としては死者が出ないかタジタジだ。ガチで毒のオーバリストであるサヨリ姉は人を殺しかねない。シャワーを浴びるのでさえも細心に注意が必要というのに、文化祭で浮かれまくっている学生の中に放り込めば、どうなるかは俺でも予測がつかない。まぁラノベみたいに文化祭にかこつけてナンパしようなんて輩はいないだろうが、万一そんなことになったら、俺は腹を切る必要に迫られる。もちろん切る気はないが。
というか俺の名義でサヨリ姉が来る以上、問題を起こした場合の責任は俺に帰結する。チケットを拝借すれば、誰の許可で学校に来ているかは即座にバレ、ついでにその場合は招いた生徒がペナルティを受けねばならなくなる。だがここで自重しろと言ってサヨリ姉が聞いてくれるなら、そもそも世界は既に平和に満ち満ちているだろう。
「つまりお姉さんが問題を起こしかねないと」
毒云々を説明する気はないが、おおよその俺の不安を端々に感じ取った織部部長は、その様に納得した。無念。
「なわけで弟としては心配なのです」
「何で教えたの?」
「これで黙秘権を行使すると嫌がらせを受けると中学の頃に散々思い知っていますので」
こういうイベントに姉さんをハブすると、セクハラじみた報復をされる。どんだけ俺のことが好きなんだ。
「っていうか。じゃあ問題は毒島さんのほうか~」
さいですさいです。
「そも毒島さんがイジメの根幹っていうのは何か根拠でも」
根拠はあるんだが。言えない。普通に刑法に違反している。である以上、証拠そのものに証拠能力が存在しない。とはいえサヨリ姉がノリノリでイジメの原因を特定してくれたので助かっている面もあるのだ。俺ではとてもではないが、特定できなかった。ただそうすると裁判というか、学校側に持ち込んで問題沙汰にしても相手から詰られると終わりという側面もあり。
「じゃあどうすべきか……って話になるよね」
なんだよなぁ。
「はい! 仮縫い終わり! 脱いだ脱いだ!」
そうして俺は仮縫いを終えて、スケープゴートの衣装を家庭科室に置いて、教室へと戻る。
「あ、佐倉さん。衣装は?」
「大丈夫っぽい」
「っていうかよく受けたよね。メイド役。軽いイジメでしょ」
「ふざける分にはいいんでないの。俺も嫌々やってるわけじゃないし」
「女装に関して理解あり?」
まぁなぁ。乙女向け同人誌を買うときは女装してるし。口を割ったりはしないんだが。
「接客とかわかる? 一応要点とかプリントしてるんだけど」
「まぁ後はノリと勢いでどうにか」
というか本番の方が怖い。一人の生徒が招待できる客は二人まで。俺のキャパシティは最初の一人はサヨリ姉を固定。あと一人をどうするか、となった場合、もちろん妥協するオメガターカイトの四人でもなく。後腐れが無いようにジャンケンで運命を決めてもらったが、もちろん「後腐れを引きずるな」と言って引きずらない面々でもなく。
ちなみにゲストは八百イユリだ。俺のメイド服姿をどうしても見たいらしく、量子的な振る舞いの中に気迫を以て運命を勝ち取り、ルイとタマモとサヤカを下してジャンケン勝負に勝っていた。そこまでして見たいか? 俺のメイド服姿。
他三人のブーイングも顕著ではあったのだが、俺としても四人も五人もゲストを呼んで、問題を起こされて困るので、制限が二人までというのは助かった。オメガターカイトのメンツが俺と接触した場合の問題点など論えば幾らでも湧いて出る。
「佐倉さん?」
「あ……何でしょう?」
「いや。何か考えごと?」
「まぁ色々と」
言えねぇ。オメガターカイトのメンバーがウチの文化祭を見に来たいなんて。
「じゃあ接客なんだけど」
そうして接客する際の注意点とかを教えて貰いながら、俺は学校での時間を過ごした。ちなみに文化祭が終わるとすぐ中間テストがある。俺は別に問題ないのだが、ルイとタマモはまた困っているだろう。以前の勉強のやり方はすっごい不評だったが。けれどあれ以外の教え方を俺は知らんのよな。
「勉強ねぇ」
とりわけ理系嫌いに教える方法としては「泳げない奴を水中に叩きこむ」が最も理に適っているのも事実で。
「佐倉さん。接客の経験は?」
「ないでーす」
そもそもバイトしなくても生きていけるし。佐倉財閥の財力があれば俺の人生は左団扇。それを自慢する気はないが。俺としてもちょっと人生イージーモード……と思っていたらルイと関わってから何やらハードモードに移行しているような。
どうしたもんかな。本当に。
「ちなみに出すものって」
「女子でクッキーを焼くことにしてるの。ケーキとかは流石に無理だから。予算内でやるってなるとどうしてもねー」
クッキーと紅茶。あとはコーヒーくらい。それも予算内となるとインスタント。というか文化祭の出し物にそれ以上求めるなっていうのも事実なのだが。
「じゃ、後は適当に接客でも……」
「佐倉さんって面白いね」
然程ではござらんよ。




