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第71話:お山の猿大将


「すみませーん」


「あ? 何お前?」


 俺のことを知らない男子が、俺を見て誰何する。まぁ男に名を知られていても悪寒しか覚えないのでそれはいいとして。


「毒島さんっています?」


 俺がそう名指しすると、「あー」と男子生徒が視線を振る。その視線を追うと、「キャハハー」「ウケるー」とか言っているベタなギャルの一団が。


「アレですか?」


「アレです」


 俺に応対した男子生徒もあの空気に手を突っ込むのは溶鉱炉に手を突っ込むものだと理解しているらしい。困惑していた。


「呼ぶか?」


「こっちでどうにかする」


 そして俺は、小さな声で呼んだ。


「毒島さーん……」


 音は絞って、相手に理解を。その上でよく聞こえるような音波の波形を定義して。


「あー。なん?」


 その声は果たして毒島さんに届いた。相手が俺を見る。


「えーと」


 で、俺はと言えばオドオド。それを見てニヤーッと毒島さんは笑んだ。俺が何か彼女を喜ばせることをしただろうか。


「何か用?」


「いえー。そのー。此処ではちょっと~」


 なので俺は場所を移す。


「じゃあ適当に空き教室でも入ろっか。言いにくい話題なんでしょ?」


「そうしてくださると俺としても助かる」


 今から言うことはあまり他人に聞かせたくない。


「毒島さんモテるねー」


「頑張れ童貞男子ー」


 俺を揶揄う声も聞こえたが、そういうアレじゃないから。


「っていうか私に用ってそういうことよね?」


「どういうことで?」


「すっ呆けなくてもいいって」


 だから何が?


「じゃ、ここでいいよね」


 教育棟の空き教室。そこで毒島さんは話を進めてきた。


「何の用?」


「えーと。角夢杏子って知ってる?」


「……それは……知ってるけど」


「彼女に対する嫌がらせを止めて欲しいんだけど」


「……何言ってんの?」


 俺の出した話題が的確だったのか。あるいは別のことを想像していたのか。一気に毒島さんは瞳を鋭くした。


「いや。だから。角夢さんに対する嫌がらせを止めて欲しいと」


「何を根拠に言ってんの?」


「情報源については申し訳ないがここでは言えない。けれど、毒島さんが角夢さんのイジメを担っているのは知ってる」


「へー。で、それを知ってどうするの?」


「だから知ってどうにもしないっていうか」


「もしかしてウチの弱みを握った系?」


「いえいえ。そんなつもりは毛頭」


「じゃあ何? どんなつもり?」


「だから角夢さんへの嫌がらせだけ辞めていただければ」


「もしかして角夢の推し?」


「それは違う」


 意外とあっさり声は出た。今の俺は杏子を推しにはしていない。


「じゃあ別にいいじゃん」


 良くない。


「イジメさえやめてくれれば、こっちから問題にはしないんだが」


「じゃあもっと言えばさ。ここでやって欲しいんでしょ?」


 何を?


「そんなのクツセツに決まってるじゃ~ん。ウチを脅してそういうことがしたいんよね?」


「いやまったく」


 俺は普通にいえいえと手を振った。実際にやる気はない。俺には毒島さんを脅すつもりはないし、そこから派生する脅しにも興味はない。というか彼女とやるなんて性病が怖い。


「私の弱みを握って好き勝手したいんでしょ? そのために人目を避けたんでしょ?」


「いやまったく」


 俺が繰り言をすると、ギリッと毒島さんは歯を噛んだ。


「うっぜーんだよ! 角夢角夢角夢角夢角夢! そんなにアイドルがいいのかよ男は!」


「いいに決まってるだろもちろん」


 むしろそれ以外がどうなんだって話で。


「どうせあんたも角夢助けて近づこうって輩でしょ? 残念でした! 相手にされないから!」


「知ってる。別に近づこうとも思っていない」


「じゃあ何なんだっつーの!」


「だからイジメを止めろ。証拠品を提出したくないんだよこっちは」


 そんなことをして得するほど野暮な背景は尊座しない。


「ちなみにどうやって証拠集めたの?」


「黙秘」


 言えるわけねー。


「いいじゃん別に! イジメられて当然だろ! 私アイドルだから可愛いです~って!? ふざけんな! 寒気が奔るわ!」


「それを人目のある所で言えれば俺も納得するんだが」


「はっ! 文化祭のミスコン出るんでしょ!? そこで私がボコボコにしてやんよ!」


「ああ。お前じゃ無理」


「…………殺すわよ?」


「せめてナイフ持ってから言ってくれ。素手で殺す宣言されても何も怖くない」


「てめっ! 陰キャのくせに!」


「もちろん陰キャだ。だからあまり大きな声は出したくない」


 だから此処で場が収まるなら俺としても願ったりかなったり。


「お前がイジメ止めても角夢は何も思わねえから! 童貞は悲しいねぇ!?」


「悲しいなりにやることがあってな」


 別に毒島さんが停学になっても俺には全く関係がない。だが杏子がイジメられるとオメガターカイトのモチベーションに繋がる。その意味で、どっちを優先すべきかなど、明確に分かってしまう。そもそも毒島さんが停学になっても俺が損するわけじゃない。


「ちょ。待って。いいじゃん別に。角夢がイジメられてても。黙ってくれたら抱いてあげるからさ」


「いらない。さすがに俺にも選ぶ権利はある」


「テメッ。クソっ! 性格悪いって言われない!?」


「さあ。どうだったかな?」


 言われたことあったっけか?


「クソ童貞が! それで角夢守ったつもりかってーの!」


「別に成功しなくても、お前が二の足踏めばそれでいい。俺は今のところ問題にする気はない。ただこれ以降イジメが続くようなら然るべき処置をさせてもらう。それでも角夢をイジメたいって思ったんなら好きにしろ。俺は別に躊躇わない」


「ねぇ。マジ乗り換えない? ウチらの気持ちわかるっしょ? ウザいのよ角夢。アイツ排斥できれば抱かれてあげるから」


「ノーセンキュー」


 そもそもお前に興味が無い。


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