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第70話:牛丼特盛


『行先変更。お前の家に一番近い牛丼屋に来い』


 そうして俺は牛丼屋に顔を出す。メッセは打っておいた。これで杏子は俺に何も出来ない……はず。


「牛丼特盛」


 俺は牛丼を頼んで、そうしてモシャモシャと食べ始める。早くて美味いという意味で牛丼のパフォーマンスはかなり高い。俺としても牛丼は好きな方ではある。モグモグと食べていると、少し遅れて杏子がやってくる。既に飯は食っているだろう。オメガターカイトはライブの後に食事会をする。


「なんで牛丼屋ですか?」


「お前が何もできないように」


「…………」


 心当たりがあるらしい。俺に縋るのもいい加減にしろよ、ということで。


「佐倉くんは私を慰めてくれないの?」


「常識の範囲内で、と注釈が付けば考慮はする」


「ここじゃキスも出来ないのに……」


 だから選んだんだが。


「いいじゃん。恋人もいないでしょ?」


 いますけど。正確には誓約したわけじゃないけど、既に俺を思ってくださる人間がチラホラと。


「……ボソリ(私といい事しよ?)」


 俺の耳をくすぐるその言葉に、俺は杏子の顔面を掴んで引き剥がす。牛丼が食えん。


「ちなみにネットの意見には耳を貸すなよ」


「知ってるの?」


「エゴサーチ……じゃないが杏子サーチはしている」


「酷いよね。ネット」


 わかっているならエゴサーチするな。


「ま、別に違反というわけでもないんだが」


「?」


「ちなみに杏子をこき下ろしてるの、ウチの学校の生徒だぞ」


 なにか声だけ大きい女子生徒が、声高に叫んでいるという。


「それは何を根拠に?」


「黙秘」


 ネットの恐ろしいところやでぇ。


「つまり学校の生徒が私をこき下ろしている……と」


「可愛らしい嫉妬だよなぁ」


 相手を攻撃することで、自分の優位性を確保しようとする。防衛機制そのものだ。


「多分お前をイジメているのもコイツかもな」


「誰?」


「どこにでもいる一般人。パーソナルデータは問題になるので黙秘で」


 実際に俺が知らない生徒だった。特に目立った生徒ではない……ということは俺の無知が誘発したものだが、データを精査した際に露出した現実では、どうも人気があるらしい。顔は見たことがないので何とも申しようがないが、女子グループのトップっぽいなーとは思った。


「攻撃するの?」


「いや。誠心誠意説き伏せる」


「佐倉くんに、それが出来るの?」


「他にやり方を知らないから」


「本当に攻撃するのが下手だよね。佐倉くん」


 俺の膝をスリスリとさする杏子。俺の中の性的な思考がびっくりして身体に痺れが奔る。


「私には教えてくれないの?」


「攻撃されても困るしなー」


「だからって佐倉くんが解決しなくても……」


「お前を守る程度のことだ。別に俺は何とも思っていない」


「ねえ、この後どうするの?」


「家に帰って寝る」


 俺が呼び出しに応じたのは最低限のフォローであって、杏子の性欲を静めることではない。


「ホテルいかない?」


「却下で」


「もう。佐倉くんは面白くないなー」


「面白さで生きているわけでもないからな」


 俺は別に杏子の味方でもない。それだけは言っておきたかった。今はまだ俺がいるからいいのだが。これから先、俺を失ったら杏子がどうなるのかは俺にとってもちょっと恐怖だ。コイツは少しだけ危うい。俺をどう思っているとか。過去に何をしたのかとか。そういうことを俺が気にしていなくても、杏子の弱い心を俺が死ぬまで抱えるわけにはいかないのだ。


「佐倉くんって私をどう思っているの?」


「それ言う必要あるか?」


「可愛いとか好きとか愛してるとか、色々あるでしょ?」


「まぁあえて言うなら。面倒くさい」


「強烈~」


 俺はモシャモシャと牛丼を食む。


「杏子?」


 で、これからどうしたものか悩んでいると、杏子を呼ぶ声が聞こえた。ソプラノの、心の琴線に触れる声。ソレが何か……と思うとまぁ候補は限られていて。


「あれ? ルイ?」


 ルイ。黒岩ルイ。オメガターカイトのグループメンバー。もちろん杏子には馴染み深い相手と言える。


「奇遇。ちょっとトイレ借りたくて駅近のここに来たんだけど。何してるの?」


 よくもまぁそう平然と虚偽が流せるな。そういや演技も仕事か。偶然出会ったオメガターカイトのメンバーに驚く黒岩ルイの姿勢を崩さないらしい。


「いや。ちょっと……」


 まぁこれで積みだろう。まさかここで俺をお持ち帰りにするわけにもいかないだろうし。


「え? 食事会は?」


「してきたぞー。ボクは途中で抜け出したけど」


 一応報告はしていた。場所も明示して。とはいえ、タマモやサヤカやイユリに顔を出されても困るので、申告したのはルイにだけ。


「そちらの人は……」


「えーと。学校の友人で……」


「そっかー。よろしくね?」


 いけしゃーしゃーとよくぞ言えた。


「どもです」


 俺も知人の振りをするわけにもいかず。突然現れた女子に困惑している陰キャみたいな反応。まぁ実際に俺がどうあれ学校では陰キャ扱いされている。イジメこそ受けてないが、それも高校だからだろう。精神年齢が低いほど相手を排斥しやすい。その意味では高校はまだマシだ。中学の頃の俺はもっと酷かった。もちろん杏子のせい。


「食事会を辞退して、その人と会ってたの?」


「あ、いや、遭ったのは偶然で」


「食事会辞退して牛丼屋?」


 ニコニコ笑顔で追い詰める。


「あー……」


 追い詰められておりますな。まぁ俺から言えることもそう無いのだが。実際に今乗りに乗っているオメガターカイトのメンバーが男と会っているのは醜聞だろう。俺としても杏子が男と会っていると微妙な気分になるかもしれない。とはいえ、それは過去のことで今の俺にはルイとタマモがいるのだが。アイドルとして大成しているルイの醜聞に俺が成りかけているのは、果たして何と申したものか。けれど、ルイが俺を愛してくれるなら、それもアリかと思っている自分が怖い。


 南無八幡大菩薩。


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