第68話:佐倉マアジの好きな人
「お帰りー。マアジ……ぃぃいい?」
俺の部屋にルイとタマモとサヤカとイユリがいるのはもう慣れた。
その一人。
テレビを見て自分の動画を視聴していたルイを俺は抱きしめた。フワリとしたいい匂いがして、その絞った体形が温かさを伝えてくる。俺が抱きしめたことで乳圧が発生し、それは俺の胸板に押し付けられる。そのまま俺はルイの首元に頬を擦りつけて、マーキングする。
「ど、どどど、どうしたの? マアジ?」
ルイの疑念も分かる。俺たちの関係は基本的に鬼ごっこだ。鬼はルイの方。誘惑と挑発をして俺をその気にさせる。女鹿が尻を振るようなものだ。けれど今日は俺からるに抱き着いた。こっちから仕掛けることをルイは想定していなかったのだろう。
「すまん。俺はお前を裏切った」
「どうせ杏子にキスされたんでしょ」
「それだけじゃない」
「ヤったの?」
「してない」
初めてはルイがいいから。
「ただ、杏子が俺に依存してる。だから俺がソレを突き放せない」
「うん、知ってる」
その俺をルイは強く抱きしめ返してくれる。ギュッと、何を思っているのか。逆に何を思っていないのか。
「大丈夫だぞ。マアジがこの家に帰ってくるだけで、ボクは救われているんだぞ」
「ごめん……」
「マアジは優しすぎるぞ。たとえ杏子でも突き放せない」
俺にとって過去のことでも杏子は杏子だ。だから見捨てて指差して哄笑というものがどうしてもできない。
「ごめん。温かい……」
「言い訳されるより余程いいぞ」
「でも杏子は俺を利用して……」
「そうと知っていながら、マアジには突き放せない」
縋るように、俺はルイを抱きしめる。こんなにも好きな人が腕手の中にいるのに、なんで俺はその人を裏切っているのだろうか。
「うぅ……ぅぅぅ……」
「でもね」
ギュウと、それでも抱きしめてくれるルイ。
「そもそもの因果論だけど。マアジが大切なものを切り捨てられる人間だったら、ボクはこんなにも好きになっていないぞ」
「だからって……俺は」
「大好き。マアジ。今は信じてくれないかもしれないけど、いつかきっとこの意味が分かる」
「ルイ……」
「弱ってるマアジも可愛いなぁ。このままやっちゃってもいいくらい」
「幸せ家族計画は買ってない」
「だろうけどさ」
それでも俺を好きと言ってくれるルイに、俺はどうすれば報いれる。
杏子の我儘に付き合っているという意味で、今の俺は幼稚だ。突き放せば終わることをグダグダと継続している。そのことを許してくれるとルイとタマモに甘えているのだろう。異常なまで吐き気のする幼稚さに自己嫌悪が湧くが、たとえそうだとしても俺は最後に自分を許してしまう。そういう風に出来ている。
「だからそれはマアジが自分を責めているんじゃなくて、マアジが黒岩ルイを信じ切れていないんだって」
「都合のいい女になりたいのか?」
抱きしめているルイに縋りつく俺。その無様さに、吐き気を催す。
「それは最初から言ってるけど」
そうだったな。
「マアジが抱いてくれるならボクはその全てを肯定できるぞ」
「せめてその盲目さをどうにか出来んか?」
「これを素で言うからなー」
どういう意味で。
「ボクを夢中にさせているのはマアジの方ってこと」
「だから俺の浮気を容認するって?」
「浮気してるんだぞ?」
「だってキスしてきたぞ」
「そのことに心を奪われたのかって、ボクはそう聞いているぞ」
「それは……ないが」
既に俺はガチ恋勢から脱却している。いや、もしかしたらルイのガチ恋勢かもしれないが。
「だからボクは安心しているの。結局マアジはボクを好き」
「好き……好きぃ……好きぃぃぃ……」
「ボクも好きだぞ。マアジ」
縋るためにだけ抱きしめる俺を、けれどルイは突き放さない。その俺に抱き着いてくるもう一人。柔らかな圧力が、その人物を俺に教える。
「タマモ……」
「…………大好きです。……マアジ」
俺を抱きしめたくてしょうがない。そう声が言っている。
「いや、あの、おっぱいが」
「…………揉んでいいですよ?」
そういうわけにもー。
「…………なんなら脱ぎますけど」
理性が。俺の理性が。
「マアジって結局ボクたちをどう思ってるぞ?」
「大好き」
「ッ!」
「…………ッ!」
さらにムギュッと、二人の抱擁が深くなる。
「あー。もうダメ。この場でやりたい」
「…………濡れます」
やめてやめて。ガチで責任負えないから。
「エッチな子は嫌いだぞ?」
超大好き。
「ただ問題がそこにはないわけで」
「じゃあサヤカの夢世界で、後は語ろうか」
だから幸せ家族計画を買ってきてないんだって。
「生でもいいぞ」
お前が言うとシャレになっとらんのだが。トップアイドル黒岩ルイが。
「こっちにだって性欲はあるんだぞ」
良く知ってございますが。
「つまり妊娠さえしなければオールオーケーで」
「…………お尻でしましょう」
事前準備が必要では?
「…………となると必要なものが有りますよね」
待て待て。俺の方にその覚悟がない。
「大丈夫だぞ。寝っ転がって活ホッキしていればそれ以上求めないから」
「…………あとはこっちで処理します」
えー。それもどうよ。




