第64話:また一人
「…………」←ルイ
「…………」←タマモ
「にゃははははは!」
一人笑い転げているサヤカはともあれ。俺は今、正座でリビングの中央に座っている。例えるなら犯罪を起こして裁判の結論を待つがごとく。弁護側には八百イユリ。審判と検察はルイとタマモが兼任している。彼女らの気持ちはよくわかる。例えばルイやタマモが俺じゃない男と恋仲になったと報告されれば、俺も「ふーん、そう」とか言える自信はない。その上で、これを浮気だと断じられるのもしょうがなくはあるのだが、俺は何もしていない。
「あのー。なんでマアジお姉様の部屋にルイとタマモとサヤカが?」
なんででしょう。俺もそこには疑問を覚えざるを得ないのだが。
ルイは隣の部屋に住んでいたし、タマモは痴漢から助けたし、サヤカは気に入られた。冷静に考えると今の俺の状況ってぶっ飛んでるな。
「マアジ?」
さわやかな笑顔で俺に微笑むルイがすごく怖い。
「はい。なんでしょうか……」
「アナタはオメガターカイトをどこに導きたいので?」
んなこと言われても。
「トップアイドルに相応しい全国区のグループへの応援を渾身の推し活で……」
「そういう模範解答はいいから」
じゃあどう言えと。
「サヤカの存在が落ち着く前に! 八百イユリを引っかけてくるとか聞いてないんだけど!」
「マジで俺も知らんのよ! なんでこうなるかなぁ!?」
ルイとタマモとサヤカだけでもアレなのに。そこに八百イユリが加わって。ついでに杏子も実は俺と浮気している。実は俺は死んでいて、走馬灯の夢を見ていると言われた方がよっぽど説得力を持つ。
「…………マアジは……イユリとも付き合うの?」
「そのつもりはない」
こればっかりは主張させてもらう。
「じゃあ何で家まで連れてきたのにゃ?」
「手錠かけられて、そのまま俺にどうしろと!?」
「逆ギレにゃ」
分かってはいるが、それでもどうしようもなかったのも事実で。
「わかったぞ。マアジに浮気の形跡はない」
わかってくれ申したか。
「納得はしないけどだぞ」
うぐぅ。
「で、イユリ? アナタは何でマアジに引っ付いてるの?」
「拙が愛せる唯一の異性だからデス」
その俺に抱き着いて、ルイの目を真っ向から見つめる八百イユリは、そのように述べた。まぁ理論というか理屈は俺も聞かされているのだが。
「どういう理屈で?」
「拙はルイが大好きデス」
「あら。ありがとうだぞ」
「タマモも大好きデス」
「…………どうも」
「サヤカも思っています」
「にーははは」
ついでに、それが本当の意味で三人には理解されていない。
「つまり?」
「言葉通りデス。拙はオメガターカイトのメンバーを愛している。ファンとか、友人とか、同僚とかじゃなくて、思慕の念としてみんな好きデス」
「…………」
その言っている意味を咀嚼して、ルイは俺に目を向ける。
「えーと」
「つまり、同性愛だ」
「あー」
八百イユリの百合営業は営業じゃなかった。ガチでコイツは女子に欲情して示威行為をするタイプの人間だということだ。
「男の子は男の子同士で 女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの」
つまりこの言葉に集約される。
「えーっとぉ」
前半についてはルイにも覚えがあるだろう。コイツも腐女子だからな。だがあくまでサブカルとして楽しんでいたルイには、本質的に八百イユリの恋愛観が理解できない。男の人同士で恋愛をすべきということも、八百イユリが女の子を愛しているということも。
「けれどマアジお姉様は違った。こんなに愛らしいのにオティヌティヌを持っていらっしゃる。拙はマアジお姉様には同性愛の延長として恋愛を抱くことができるのデス」
…………。
沈黙が下りた。ルイにしろタマモにしろ、各々俺を愛している理由は違うが、それでもこういう恋愛があるとは思ってもいないだろう。つまり同性愛の延長として、佐倉マアジを好きになる……という。
けれど俺より可愛い男子となると、見つけるだけで苦労する。出会えるかどうかとなるともはや天文学的な数字が分母に来るだろう。俺が女装をしていなければ問題は無かったのだが、何の因果か俺は今女装をしている。
「ちなみにどこで?」
「一階下の部屋」
十二階のニ号室が俺の秘密基地だ。
「お姉様にエロ同人を譲られた時、拙の運命は動き出したのデス」
言っている内容は酷いが、それが事実であることを俺は知っている。
「何か思うんだけど……だぞ」
拝聴しよう。
「このままだとオメガターカイトのメンバー全員マアジに惚れそう」
「…………まさか……と言えないのが怖いんですが」
七人グループだから後二人か。
「むしろルイやタマモに聞きたいデスよ。なんでマアジお姉様に惚れているんデスか?」
「黙秘」
「…………運命ですかね」
「ほらー。根拠ないデス。まだしも同性愛に苦しんでいる拙が運命的に出会ったお姉様の方が説得力があるデス」
「譲る気は無いぞ」
「…………マアジはあたしのおっぱいを揉んでいい唯一の男子ですから」
「拙も揉みたいんデスけど」
「…………百合営業じゃなかったんですね」
「ガチデスよ」
タマモの胸を揉みたい欲求は、八百イユリにとって男子に勝るとも劣らない性的嗜好だ。それこそドミンゴをペロペロしたいまであるだろう。女性を女性として好きになる。そこに因果はあって。許されない恋愛観でありながら、否定されるには儚い恋。
「ちにゃみにおにーさんとクツセツしたいとか思ってるにゃ?」
「男のアレを見るまでは何とも言えませんデス」
だろうな。あくまで八百イユリが求めているのは女体。俺は男子だが、外見上可愛いから仮想的に惚れられているのであって、性事情に関してはまた別の回答があるだろう。
「オティヌティヌ……」
そこでゴクリと唾を飲まれると俺も何とも言いようがないのだが。
「ちなみにビッグサイズではないので期待すると肩透かしを食らうぞ」
「でもルイやタマモの純潔を……」
奪ってないんだな。これがまた。




