第63話:厄介な性癖
「えーと」
引き続きメイド喫茶。俺はどうしたものか悩んではいたのだが、まぁカミングアウトは早い方がいい。
「男だ」
「?」
「俺は男だ」
アニメ播磨王の学生制服を着て、ウィッグを付けているが、正真正銘俺は男。
「お……とこの……人?」
「さいです」
ウィッグを外して、メッシュを取る。
「えーと……」
何を言うべきか悩んでいるらしい。そりゃ愛らしいお姉様が男ではな。世界の業も意地悪なことをする。
「お姉様は……男……なんデスか?」
「そこそこな」
「え? えー? ええー?」
あんまり幻滅されるのは俺も悲しいが、とはいえ最後まで騙す気もなかったのも事実で。
「つまりデス」
「つまり?」
「マアジお姉様となら、拙は真っ当な恋愛が出来るってことですよね!?」
……。
…………。
………………。
どういう思考経路でそうなった?
「だって女子より可憐な御尊貌を持つマアジお姉様が男なら、拙は百合感覚で男を愛せるということじゃないデスか!」
「その発想が斜め上なんだが」
「お姉様。結婚してください!」
「いや。ちょっと片想いしている人がおりまして」
「拙はオメガターカイトのメンバーデスよ? 可愛くないデスか?」
「超かわいいけども」
「お姉様には全て捧げます。なんでしたらキャッシュカードとか要ります?」
「やめろ止めろ。重すぎて恐いわ」
「重い女とは思われるとマズいデスね。でもお姉様に貢ぎたいのデス」
「だから男だっつーの」
「ですから可愛い可愛いマアジお姉様と家庭を気付けば、擬似百合結婚出来て、子宝にも恵まれて、拙はお姉様に嬲られて幸せな新婚生活が……」
「じゃあ頑張れよ」
「まってー! 行かないでー!」
「離せこのやろー!」
そうしてメイド喫茶の店前で、縋りつく八百イユリと、引き剥がす俺という珍妙な風景が広がった。金色夜叉でもあるまいし。
「ガチャン!」
「ガチャン?」
何を、と思うと、何処に持っていたのか。八百イユリは俺の手首に手錠を付ける。ついでに自分の手首にも。俺の右手と八百イユリの左手が繋がってしまった。
「愛らしいお姉様。何時までも一緒にいましょうデスね?」
「だから重いって」
「まずはお姉様の保護者に挨拶デスね。菓子折りは持っていった方が……」
「一人暮らしだから問題ない」
「それはすごいデス。高校生デスよね?」
「高校一年だな」
「はー、もう顔が可憐。アイドルにだって負けてない。そのドSタチ顔で拙を見詰めないで! むしろ見つめて!」
「ちなみにクツセツするときは俺のアレでお前を貫くからな」
「一応処女デスよ?」
そこは疑っていないのだが。
「はぁ。じゃあ帰るか」
「お姉様の御家♪ お姉様の御家♪」
ジャラジャラと手錠を鳴らしながら、帰宅する俺についてくる。無理矢理カギを奪って開錠してもいいのだが、そうした場合鍵を下水路に放り投げると言われては、俺の方からその事態に陥らせるわけにもいかず。
「でも本当にお姉様は男なんデスか?」
「今は化粧してるけどな」
「むー……?」
結構女子にバレない程度の乙女の化粧は出来ているらしい。
「はー。でもまさか拙が男の人の恋できるなんて♡ これも運命。デスティニー。こんなドS顔のお姉様の股にアレが付いているなんて」
ちなみに当社比ではあまり大きくありませんのであしからず。
「駅近マンションなんデスね」
佐倉財閥が財産分与のために立てたマンションだ。
「そろそろ手錠外してもよくね?」
「お姉様の部屋に上がるまでは油断しませんぞ。拙」
「まーこれから起こることが手に取るようにわかってしまう自分が憎い」
「エントランスのセキュリティはどうやったら開きます?」
「黙秘でいいか?」
「ダーメ。マアジお姉様のお部屋に無断で失礼したいのです」
人はそれを不法侵入という。
「あと結婚しましょうね。拙はお姉様以外とは結婚できないので」
「出来るだろ?」
役所に婚姻届を提出するだけでいい。
「そういう意味で言ってないってわかってますよね?」
「俺にも選ぶ権利はあるように思うんだが」
「何でしたら一緒に住みません? 家賃を半分ほど受け持ちますよ?」
「ああ、金には困ってねーの」
「お金持ち……ということデスか?」
「財閥の子息だったりして」
「あははー……冗談を……」
っていうよな。普通。
「……………………ガチ?」
ガチガチのガチです。
「だからお見合いとか色々とな」
「お姉様が財閥令嬢」
子息な。
「それでSっぽい顔つきなんですね?」
多分お前のイメージは先行しすぎている。
「ちなみにお部屋は」
「十三階の二号室」
着替えは十二階の二号室だが、着替えようにも手錠が邪魔でどうにもならん。であれば我が家に帰るのが先で良い。
「いいなぁ。拙も此処にすもっかな?」
「部屋の用意くらいはできるが」
「ガチでマアジお姉様、お金持ちなんデスね」
だから偉いってわけじゃないんだが。金を持っているのは佐倉財閥だし。実質的に佐倉コーポレーションを運営しているのはサヨリ姉だし。俺は波打ち際で揺れるクラゲみたいなもんだ。あと、ここで俺の部屋のドアを開けると、すっごい修羅場になりそうな予感。




