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第55話:強いハグ


 ロッカーにイチゴミルクをぶちまけられて。メンタルを低下させた杏子は、今日のオメガターカイトの会合に出ないことにしたらしい。そうして何故か俺と一緒に家へと帰っている。その俺の服の裾を握って、離すまいと意志を感じる。さすがに誰が見ているかもわからないので、手を繋いだりは無しだが。


 そうして住宅街のとある一角。三角屋根のない一軒家。杏子の家に着く。


「はあ……」


 彼女がカギを開けて。俺はそのまま帰ろうとして、だが引き止められる。


「コーヒーでも飲んでいってください」


 と言われてもな。俺は周囲に人の目が無いことを確認した後、杏子の家に上がる。相変わらず先鋭的なデザインの家だ。だが屋内は落ち着いた色合いで少し安心するが。それはそれとして杏子と一緒というのが俺の困惑を呼ぶ。


「そんなに警戒しなくても何もしませんよ。ゲロ味のキスとかされたくないでしょ」


「別にそれは引かないんだが」


 やはり学校のトイレで吐いたのか。


 コトンとカップが置かれる。中にはコーヒーが入っていた。ズズ、と飲む。前にも飲んだ味だ。とはいえ確信はないわけで。


「いけませんね。こんなことでメンタルを崩していたら」


「別に辛けりゃ傷ついてもいいんじゃねーの?」


「マアジは本当に……」


「何か?」


「いえ。何でもないでーす」


 プイッとそっぽを向かれる。


「マアジ。私はマアジに惚れてもいいですか?」


「すでに好きとは言われているが」


「じゃあソレを受け入れてくれますか?」


「却下で」


「何故と聞くのも徒労ですけど……何故?」


「俺は杏子とは恋愛をしない」


「嫌い……だから?」


 捨てられている子犬のような瞳で、杏子は問う。もちろん答えは否だ。


「そういう問題じゃないわけで」


「好き。……好き。…………好き」


 だんだんと杏子の瞳が昏くなる。


「……ボソボソ(マアジだけが私の味方。否定しないでくれる。だから私はマアジに惚れた)」


「もしもーし? 杏子さん?」


「……ボソボソ(イジメられても怖くない。マアジだけがいれば私は幸せ。だからマアジ)」


 聞いちゃいねえ。ぼそぼそと何かを。呟いている。


「う……げ……」


 で、縋るように俺を見て、何を思ったのか。口元を抑える。


「トイレに行ってこい」


「ごめん……」


 そうして速やかにトイレへと直行。何をしているのかは明確なので、俺は何も言わない。


「案外脆いんだな」


 俺はコーヒーを飲みながらそう思った。厚顔な印象があったというか。精神的に不屈な感じがしていたのだが、自分が攻撃を受けるとそうでもないらしい。そのまま数分待って。フラフラと帰ってきた杏子に、俺はカップを掲げる。


「マアジ。マアジ」


「はいはい」


「助けて……」


 その資格が無いと。自己認識で知ってはいても、俺以外に頼れないのだろう。


「わかった。助けよう」


「あ……」


 そこで感極まったのか。吐息をこぼして、杏子は俺を抱きしめた。


「もしもし。杏子さん?」


「あったかい……」


 さいですかー。


「ただ俺にも限度はあるからな? そこは把握してもらえると有難いんだが」


「このまま吐いていい?」


「吐きたいならどうぞ。ただし制服は新調してもらうぞ」


 さすがにゲロを被った制服では学校にいけない。


「じゃあその制服は貰うね」


 どういう癖よ?


 静かな一軒家で、杏子が俺を抱き締めている。そのことに俺がどう理性的な解釈をすべきか悩んでいると、杏子からキスをしてきた。俺のほっぺたに。その自重の利いたキスに俺は苦笑する。どうやら本当に追い詰められているらしい。


「マアジ。嫌いにならないでぇ……」


 さらにギュッと抱きしめられる。強く強く。逃がすまいと。俺だけが最後の味方であると。


「気持ち悪い……」


 だから吐くなよ。吐いてもいいが、制服にはかけるなよ。


「マアジはこういう時どうしてたの?」


「うーん。別に何も。特に辛いと思ったことがない」


 俺が辛かったのは杏子に裏切られたと思ってしまったことだ。それ以外のことに俺は何も思っていない。


「自業自得ってわかってるけどさ」


「俺とは関係ない案件だろ」


「それ……でも……」


 俺をギュッと抱きしめて、杏子は泣きそうに言う。


「私はそれだけのことをした」


「ちなみに犯人特定できるか?」


「むーりー」


「だろうな」


 仕方ない。対処療法でいくか。


「で、いつまで俺に抱き着いているんだ?」


「私の気持ちが落ち着くまで」


「親御さんとか帰ってきたら問題じゃね?」


「私の彼ピって紹介する」


 アイドルだろうが。お前は。


「マアジ。大好き」


「そりゃこーえーなことでー」


「本気だよ?」


 だからソレは知ってるって。杏子が俺を好きなのは既に知っている。ただその恋愛に発露する方向性だけ自重してくれればと思わざるを得ず。俺への好意を示す時だけ無敵艦隊になるからな。こいつは。


 俺はどうすればいいんだろう?


 杏子にガチ恋勢ではないわけだが。キスの一つでもして落ち着かせるべきか。だがそれをするとアイドルとしての杏子を貶めることに……というのはもう今更かもしれない。とりあえずイジメの根幹を探り出すところからか。帰りにでも電気屋に寄ろう。カメラとか設置できればいいのだが。そこは学校と交渉するしかないのだろうが。学校側としてもイジメについては座視できないはずだ。とすれば首謀者の動向を見張るのは学校側にも必要な作業。ただこれを社会問題にすべきかどうか……というとそれも少し難しい。相手がただの一生徒であれば保護者に謝辞して終わりだが、オメガターカイトの角夢杏子となれば話がまるで違ってくる。場合によってはネットのヘイトが学校運営側に集中する恐れがある。であれば首謀者を捕まえて話を聞くのが一番か。


「マアジ。キスして……?」


 だから却下で。


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