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第3話:運命の歯車


「角夢きゅーん!」


 そして俺は高校生になっていた。勉学はまぁそこそこ出来て。進学校である私立の高校に通えている。勉強をすることに異存はないが、それとは別に俺はアイドルにハマっていた。オメガターカイトはじわじわ人気を伸ばして、今ではオリコンにも名が乗るくらい。センターの黒岩ルイが人気なのは知っているが、俺の推しは今でも後でも角夢杏子だけだ。


「会えて光栄っす! 角夢杏子ちゃん!」


 ライブの後の個別握手会では、もちろん俺は杏子ちゃんの列に並んでいた。あまり人はいないが、それが逆に俺を杏子ちゃんの応援を確かなものにしていた。あるいは逆張りと呼ばれる行為なのかもしれないが、杏子ちゃんが可愛いのは事実だ。俺が杏子ちゃんを可愛いと思っていなければ、そもそもアイドルの推し活動など続けられるはずもない。


「ありがとうございます。佐倉くん」


 で、杏子ちゃんも俺を俺だと認識してくれる。それだけで俺は天にも昇る心地だ。


「次のニューシングル応援してます! 絶対買って握手券ゲットしますんで!」


「あはは。私じゃなくてもいいんですよ?」


「俺の推しは杏子ちゃんだけなんで」


 その俺が握手をしている列の隣の列では、圧倒的に熱量の高いドルオタが、黒岩ルイの握手に応えていた。センターを務めているアイドルだけあって大きな人気だが、俺にはどうでもいい。俺の推しは角夢杏子ちゃんだけだ。


「はい。お時間でーす」


 そうして俺と杏子ちゃんの時間は終わった。うむ。有意義な時間だった。


「杏子ちゃん天使。何故事務所は彼女を推さない」


 世界の七不思議の一つだ。個別握手会も終わったことで、俺のやることは今日は終えた。次のライブが楽しみだ。ついでにニューシングルも楽しみだ。きっとエモい曲に仕上がっているのだろう。昨今のオメガターカイトの曲は恋愛ソングが多かったから、今度はソレを外してくるのだろうか? いや。逆張りは俺の悪癖だな。けれども杏子ちゃんを推しているのは俺の真実だ。


「柔らかかったなぁ。杏子ちゃんの手の平」


 ドルオタというか、もはやキモいとしか言いようのない童貞乙だったが、実際の俺の意見などそんなものだ。


 で、家に帰って夕食の支度をする。今日はカレーライスだ。ルーを買って、野菜と肉を買って、それをキッチンに並べる。そうして食べやすい大きさに切って、鍋に放り込む。焼いて煮込んで、そこにルーを投入。カレーが出来上がる。


「~~♪」


 鼻歌でオメガターカイトのナンバーを歌いつつ、鍋の中をかき混ぜる。そうしていると、ガチャリと玄関の扉が開く音がした。


「ただいまー」


 ただいま?


 俺が今いる此処は、とあるマンションの一室だ。駅近で、バリバリにセキュリティの高い。ただエントランスでのセキュリティが充実しすぎていて、部屋の玄関は然程でもないという。鍵をかけていない俺の部屋に悠然とあがってきた、その人物は意外と言えば、まぁ意外で。


「ったくキモいオタク相手にするのは慣れてるけどさー。あの背筋が寒くなるキモオタ特有の笑みは止めて欲しいぞ。こっちだってサービスでやってんだから、相手にも礼節を求めたいよね。あんな性欲丸出しで握手されて喜ぶアイドルがいるかっつーの。妊娠したらどうするぞ……」


 さすがに玄関で脱いだのだろう。まさか外でも下着姿であったはずもない。おそらく家に帰ったら服を脱ぐ習慣があるのか。下着姿の女性。それにしても口走っている内容がアイドルファンをこき下ろすものであることが何より問題で。


「あれ……家具が違ってる……」


 で、あっさりと俺が立っているキッチンと繋がっているリビングに顔を出すと、その下着姿の女は、俺を見て青ざめた。俺の方はと言えば、何を言うでもなくカレーを混ぜている。不法侵入者に言うべきことはあるが、火を止めるのも忍びないし、火を止めない限りカレーは混ぜなければ底が焦げ付いてしまう。


「キャー!」


 で、上がる悲鳴。もちろんくだんの女子のものだ。自分が下着姿で、顔も知らない俺がキッチンでカレーを作っているのだ。そりゃ焦る。


「えーと。黒岩ルイ?」


 その人物を俺は黒岩ルイだと判別した。俺の推しているアイドルグループ。そのセンターに立っているアイドルだ。


「何!? 泥棒!? 空き巣!? ストーカー!?」


 あわあわと玄関へと戻っていき、彼女は通報する。ガチで。百十番に。


 その間にも俺はカレーを作り続けており、ついでに味見をしたりして。


「うん。美味い」


 カレーは科学だ。指示通りに作れば誰でも美味しいカレーを作れる。


「ていうか……」


 一応のところ服は着たらしい。そのまま玄関側から扉を挟んで覗き込むようにこっちを見る。


「何で焦ってないの?」


 何でと言われてもな。


「俺が俺の部屋でカレーを作っているのは罰せられるべきことか?」


「部屋?」


「ここ。十三階の二号室」


「………………………………三号室じゃなくて?」


 お隣さんだったのか。あの黒岩ルイが……ねぇ。


 中略。


「ほんとーーーーにごめんなさい!」


 色々と誤解も解けて、出動した警察の皆様も誤報ということで決着。黒岩ルイがこのマンションに住んでいることはバレなかった。というのもヘアカラーワックスで印象を変えて、芸名ではなく本名を名乗ったのだから当然の帰結である。


 むしろ黒岩ルイの方が不法侵入者。


 とはいえ俺が咎めるはずもなく。


「優しいんだぞ?」


「いや。面倒なだけだ」


 特に刑事事件にして俺が得することがない。


「あのー。それでー」


「はいはい」


「何かいい匂いがするなーって」


「カレーだ」


「カレー」


 黒岩ルイの口の端から涎が垂れる。


「そ、それは……インド発祥のスパイスを使ったあの……?」


 それ以外のものをカレーとはあんまり呼ばんのは事実だが。


「食べるか?」


 特に出し惜しむものでもない。


「い、いただきます」


 どこか血走った目が印象的だったが、それは気にしないことにしよう。


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