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第22話:失望と呼ばれる病


「…………」


 学校を早退して。俺は家に帰った。


『今日は飯作れない。どこぞで食ってこい』


 ルイとタマモにもそうメッセージを送った。


 俺の下着ドロボー疑惑は、杏子ちゃんが仕組んだものだった。ソレにおける俺の衝撃はちょっと類を見ない。今まで応援していた俺の推しが、俺を破滅させていた。


「はあ……」


 ため息が出る。親鳥に見捨てられ雛鳥がこんな気持ちなのか。飛ぶ教えさえも受け取れず、巣の中で腐っていくしかない雛鳥。


「だとすれば、俺はこれから何を推せばいいんだよ……」


 俺にとって角夢杏子ちゃんを推すことは何よりの楽しみだった。俺を救ってくれた彼女を推すことが俺の唯一の救いだった。けれども、その杏子ちゃんが俺を貶めていた。その因果に俺は何と名前を付ければいい?


「飯。腹減った」


 料理を作る気概はない。食いに行くのも面倒だ。適当にカップ麺でも。


「あ、起きた」


「…………ですね」


「……何してんの?」


 俺はリビングを通って、キッチンに立っているルイとタマモを見やった。二人はエプロン姿で、キッチンに立っていた。もちろん俺には意味不明だ。そこは俺の場所だったはず。


「料理だぞ」


「…………料理です」


 いや。それはわかるが。お前ら食べ専だろ?


「どうせ裏切られたんだぞ?」


「何に?」


「信じていた杏子に」


「まぁそうだな」


 予想をしたのはタマモだが、ルイもソレを肯定していた。で、その一件で俺がどうなるのかをコイツ等は想定していた……ってわけか?


「料理作る気概も無いわけでしょ? いいぞ。たまにはボクたちが作るから」


「いや。飯食ってこなかったのか?」


「速攻で帰ってきました」


「何故」


「はぁ~!? そこでそれを聞く!?」


「…………不本意です」


 それこそ何故に。


「とにかく座ってて。ボクとタマモが料理作るから」


「…………ですね」


 何を作っているのか。それも出来上がるまでのお楽しみだと二人は言った。


「はあ」


 俺の失望はとめどない。ぶっちゃけ今は他人が面倒だ。だがそれを言っても迷惑というかルイとタマモに失礼だろう。どっかに行ってくれなんて、俺だって言われたくない。


「言っていいけどね」


 ん。俺の思考を読まれた?


「口に出してるから。迂闊だぞ。でも言っていいと思うぞ。誰かを嫌いになることは純粋に損だけど、そんな気持ちを全く抱かないのは聖人君子くらいだぞ」


「…………でもいなくなったりしませんけど」


 ルイもタマモそう言ってくれる。俺は酷いことを言おうとしている。分かっても止められなかった。


「面倒だ。お前ら」


「だぞ。でもいなくなったりしない」


「ワイ?」


「そこは伝わっていると思っていたぞ」


「…………あたしたちが……マアジを好きだから」


 好き。俺が。


「じゃなきゃキスなんてしないぞ」


「…………それにおっぱい揉ませません」


 揉んでないから。一応今は。


「はい。出来たぞ」


 そうして自信満々にルイとタマモの作った料理が皿に乗せられて出てくる。白米とインスタントの味噌汁。缶詰のサバの味噌煮。既にカットされたキャベツの千切り。おそらくだがルイとタマモが一番苦労したのは炊飯器の取り扱いだったのだろう。


「いただきます」


 他人が作った料理は久しぶりだ。


「……ん」


 感極まってしまった。量産された味噌煮の味に、ここまで感動するとは。不覚にも涙を流す。ボロボロボロボロ零れる涙を、俺は制止させることができない。


「ほら。言ったでしょ? こういう時は女の子の手料理がいいって」


「…………わかっていました……でもこんな風に泣かれると愛おしさが増しますね」


 ボロボロと俺は泣いていた。涙が止まらない。こんなにも美味しい飯は何時ぶりだろう。サバの味噌煮なんて缶詰なのに、こうまで俺の胸を打つものか。


「う……まい……美味い………………美味い……ぞ」


「大丈夫だぞ。好きなだけ泣いて。ボクはそれを笑わない」


「…………おっぱい揉みますか? ……いくらでもどうぞ」


「おっぱいは揉まないけど、気持ちは嬉しい」


 泣きながら箸を進める。俺にとってこの食事はとても言葉に出来ない。


「美味い……美味い……美味い」


 温かみがある。ソレがこんなにも嬉しい。


「その温度がボクたちがマアジから受け取っていたものだぞ」


「…………愛おしいマアジ……あたしたちはソレを返却しているだけです」


「俺の料理が……?」


「だぞ」


「…………です」


 食っているだけじゃ……なかったのか。


「マアジが辛いときはボクたちが慰めるぞ。だから幾らでも泣いていい」


「…………大好きです……マアジ。……これは本当」


「俺はさぁ。杏子ちゃんがさぁ。犯人なわけないって……」


「だから裏切られた君の傷をボクらが癒すぞ」


「…………お慕い申しております……マアジ」


 橋を進めながら泣く情けない俺を、ルイとタマモが左右から抱きしめてくれる。ギュッと暑苦しく。その体温が俺には今何より必要であって。だからギュッと抱きしめてくれるルイとタマモがとても高尚なモノに見える。


「俺は……何を……推せば……」


「ボクを推して」


「…………あたしを推してください」


 どっちだよ。


「タマモ~?」


「…………ルイには譲りません」


「ここは僕がマアジを救って大団円のところだぞ」


「…………空気を読んでください」


「マアジ。食べ終わったらお風呂に入ろうね。ボクが背中流してあげるぞ」


「…………寝るときはあたしの隣で。……一緒に寝て差し上げます。……それ以上のことも」


 いや。俺が泣いているところ悪いんだが。


「お前ら俺のこと好き過ぎない?」


「当然」「…………ですね」


 ああ、さいで。


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― 新着の感想 ―
 これで両手に花状態でなければくっついて大団円だけど…この場合、どう進むんでしょ?
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