第168話:偽りのキス
「むー」←ルイ
「…………うー」←タマモ
「すみませんが必要経費だ」
放っておけばオメガターカイトにさらなる災厄をもたらす。となると、ここで決着をつけるのは合理的。警察に連絡すれば話は早いのだが、オメガターカイトが被った被害を考えると、アユの作戦にも一定の理がある。
「じゃ、そゆことで」
仕方ないので、保温の服を着てジーンズを履き、コートを纏って外に出る。刺すような冷気。絶賛日本は冬だ。というか北半球が、ではあるが。そのまま駅に行って電車へ。そうして、待ち合わせ場所に合流する。
「おはようございます」
「お、おはようご……ご、ざいます」
「もしかして緊張してる?」
「そりゃしますよ! 推しとデートなんですから!」
声が大きい。ヘアカラースプレーで髪色変えているとはいえ、彼女の可愛さはちょっと目立つ。まさかディーヴァラージャのメンバーが男を待っているとかバレると大変なことになってしまう。
「じゃ、じゃあ、行きましょう……か……」
「右足と右手が一緒に出ているぞ」
「き、緊張で吐きそう……」
そこまでか。
「もしかして寝てない?」
「え、クマは隠してるつもりだったんですが……」
化粧でか。もちろんクマを見て取ったわけではない。俺とのデートでここまで緊張していれば、つまり寝ていないのかと勘繰っただけだ。
「よし、じゃあ行くか」
「デートプランはまずお茶でしたね……」
「いや、映画に行くぞ」
俺はスマホを弄って、アユに予定変更とメッセージを送る。許諾を得て、ショッピングモールの映画館へ。当日券なのでさすがに人気作は埋まっているが、ちょっとサブメジャーな映画を選んでみる。
「あ、映画代……」
「俺が払うから」
「でも……」
「奢りだ。男の意地。お前は映画が終わるまで寝ていろ」
「そ、そんな」
ディーヴァラージャの桃野ヲヒメ。その愛らしい少女は俺とのデートが楽しみすぎて寝ていない。ならポテンシャルを発揮させるにはまず状態快癒が必要。俺は緊張もなにもしてないのでグッスリ寝ているが、相手を気遣うという意味でこれが正答。
「ね、寝ませんよぅ」
「むしろグッスリ寝てくれ。俺は映画見て暇をつぶしている」
「しかしデートなのですから、それなりの対応が……」
「ヲ・ヒ・メ?」
俺は彼女の唇に人差し指を当てた。
「いい子だから。ちゃんと寝なさい」
「…………はい」
「ん。いい子」
そうしてちょっとメジャーじゃない、けれど二人で隣り合って座れるくらい席に空いている映画を見て、それが終わると。
「ふわー。意識がシャッキリしました!」
桃野さんはちゃんとパフォーマンスを取り戻していた。
「えへへ。心配かけましたね」
「心配はしていないが、そういう乙女顔が桃野さんは可愛いよ」
俺がそう言うと、
「――ッッッ!」
桃野さんは真っ赤になった。マジで俺に恋する顔で恥じらっている。
「か、可愛い……ですか……私……?」
胸の前でモジモジと指をくねらせて、頬を赤く染めて聞いてくる。
「当たり前な気がするけど。アイドルだし」
「佐倉さんもそう思ってくれるんですね?」
「まぁ」
肯定はする。桃野ヲヒメは可愛い。これは否定のしようがない事実。コックリ頷くと、花が咲くような笑顔になって、それから桃野さんは俺の腕に抱き着いた。
「ちょ?」
「えへへ。デートだからいいでしょ? 腕組んでラブラブになりましょ」
一応監視が付いているんだが。アユもそうだし、アユと同行しているルイとタマモもそうだ。さっきからスマホがバイブで震えているが、まず間違いなくルイとタマモから。もちろん俺としてはスルー。あとで平謝りしよう。
「言っておくが、アユが提案した作戦であって、俺が心から楽しんでいるデートじゃないからな」
「それでも嬉しいんです。好きな人とデートできるのは乙女にとって素敵なことなんですから」
乙女……ね。
「じゃあ茶でもしばくか」
「初期予定を取り戻して、喫茶店デートですね」
「グループメンバーには俺とのことは言っているのか?」
「一応黙秘ですけど、ジュリちゃんには相談しています」
「ジュリ……越冬ジュリか」
「今時のギャルって感じで可愛いですよね」
「桃野さんも負けず劣らずだけど」
「ヲヒメ……です。マアジさん」
ここで桃野さんは俺を「佐倉さん」ではなく「マアジさん」と呼んだ。
「名前で呼んでください。今日はラブラブデートなんですから」
「そうだな。ヲヒメ」
「はわぁ。もう無理ぃ。同担拒否ぃ……」
一応恋人いるんですけど。最初に予定していた喫茶店に行って、俺はアイスコーヒーを頼む。ヲヒメは紅茶。そのまま、ちょろっと周囲を見渡して、相手がいることを確認。変装のつもりだろうが、ガチで不審者のサングラスをかけているルイとタマモ。その二人と一緒にお茶をしているすまし顔のアユ。三人とも俺を想っているが、各々の感想は違うらしい。ここにアワセがいたらそのまま逝っていただろうな。
「マアジさん♡」
で、スマホでの指示通り。ヲヒメが俺の隣に座ってきて、そのおっぱいを俺の二の腕に押し付ける。ファンなら噴飯モノだが、生憎と俺はファンではない。もちろん殺気は感じている。ルイとタマモもそうだし、それ以外にも。
「マ・ア・ジ・さ・ん……?」
その視線をヲヒメも感じているのだろう。その上であえて俺におっぱいを押し付けている。ファン必見のエロ顔で俺を見て、頬に手を添える。俺を想って、その事で思いがいっぱいなメス顔をして、トレンドになったアイドルの顔になる。
「愛しています」
そう言って、彼女は俺にキスをした。無論俺も受け止める。ヲヒメからのキスを真正面から答える。
「ん……ん……」
「ぅ……ん……」
唾液を交換するディープキス。喫茶店でやることじゃないが、それでもヲヒメとのラブラブを演出するならこれが最善。そうして蕩けるようなキスをすると。
「お疲れ様でした」
全てが終わった後、アユが合流した。アユも仕事が終わったのだろう。色々と。だが既にメスのスイッチが入ったヲヒメは蕩けたまま俺を見て、その恋を暴走させていた。
「マアジさん……だいしゅきぃ♡ 私と寝てぇ……♡」
できるかッ。




