第167話:アユはマアジの敵の敵
ピンポーン。
「?」
インターフォンが鳴った。それで俺のルームに戦慄が走る。なにせ客だ。今この場には杏子以外のオメガターカイトがいる。その全員が俺を好き好きで、迷走している。もちろん客を出迎えるにあたって、オメガターカイトとイチャイチャするわけにもいかず。俺は全員を追い出して、近隣の部屋に避難させる。そうして映像付きにインターフォンの受け手側に回る。マンションのエントランスに、誰あろうアユがいて、その隣に予想もしていない人物がいた。
「お兄様。上げてくれませんか?」
一応アユは妹なので、上げるのは構わないのだが。隣の人物は何で?
「あ、粗茶ですが……」
アユともう一人を出迎えて、とりあえず来客用に用意していた安物の紅茶を入れてもてなす。
「ふわー」
と俺の部屋にあがってソワソワしているのは、名前を桃野ヲヒメという。ディーヴァラージャのアイドルで、俺に恋している乙女でもある。もちろんきっぱりと振ったのだが、チョコのメモにも有った通り、諦めているとは思えなくて。
「アユ。なんで桃野さんと一緒に?」
「話がありまして」
「はあ……」
あまり無駄を好まないアユがそう言うということは、つまり何かがあるのだろう。その話を聞くことが事態の解決に繋がるはずで。
「えーと。アユさんって佐倉さんの何ですか?」
「妹」
「正確には義妹ですね」
義、と強調してアユはそう言った。
「それで、要件なんだが……」
「最初に聞きます。ここで桃野ヲヒメを殺すと言えば、お兄様は許可しますか?」
するかそんなもん。
「俺の目が届かないところでやってくれ」
「ではその通りに」
「えーと。つまり私はアユさんに殺される、と?」
正確には情報を破壊されるのだが、アユのヒトリボッチについて説明すると話がややこしくなる。
「オメガターカイトの方は無事でした?」
「事件は起きた。その分だと知ってるんだろ?」
「ええ」
「事件って?」
さすがに桃野さんは知らないだろう。かいつまんで話す。というか負傷者無しの発砲事件が、というだけだが。
「その原因がコイツです」
と、紅茶を飲みながらサックリ桃野さんを指差すアユ。
「え!? 私、銃撃事件には関与していませんよ!?」
桃野さんには寝耳に水。無論、俺にも。
「最初から話します」
そうして三人で紅茶を飲みつつ、事の経緯をアユは話す。
「まず新年ライブでのこと。お兄様は桃野ヲヒメ目当てで参加したとのことですが……」
「まぁ」
「で、そこで桃野ヲヒメが覚醒。乙女顔……といえば聞こえはいいですがメス顔でお兄様に恋する顔を見せてファンを魅了」
「言い方!」
「そこで新年の目標にオメガターカイトより人気になる。そう言いましたね?」
「えーと。まぁ」
桃野さんは俺に惚れている。で、その俺がオメガターカイト推し。なので俺を推し変させるためにはディーヴァラージャはオメガターカイトより人気になる必要が……という理論なのは俺も知っている。無理だろうけど。
「あれ?」
そこで引っかかり。新年のライブで桃野さんが宣言。その後にエンタメプロに銃撃事件。そしてエンタメプロは佐倉コーポレーションの傘下に入った。
「ええ。ディーヴァラージャ……というより桃野ヲヒメのファンの一人が犯罪組織アルケーストールにエンタメプロの壊滅を依頼したんです」
あー。それで。なるほどね。桃野さんのファンにしてみれば、桃野さんの願望にとって最も邪魔なのはオメガターカイト。ならばその運営事務所を潰そうとなるわけだ。
「どのファンか分かっているのか?」
「鬼喪イゾウ……という人物です」
「はぁ!?」
そこで桃野さんが素っ頓狂な声を上げた。
「知ってるのか雷電?」
「えーと。私にガチ恋勢のキモオタです」
そこまではっきり言われると、アイドルとしてどうよとも思うのだが。
「で、オメガターカイトを潰すためにアルケーストールに依頼。そのアルケーストールが潰されたので借金苦の人物に銃撃事件を依頼。そうしてオメガターカイトを追い詰めていこうとしたんですね」
「最ッ低ィ……」
桃野さんが吐き捨てるようにそう言う。
「な、わけでお兄様?」
清らかな笑顔で、アユが言う。こいつが笑うとロクなことをしないのだが。逆らうことは俺には出来ない。
「せめて穏便な意見を心掛けろよ?」
「安心してください。アユはお兄様の敵の敵ですから」
それが総合的に俺の味方であるとは限らない。
「なので、明日は日曜日ですし。桃野ヲヒメとデートしてください」
「ナゼェ……」
その必要性を聞いて、説明を求める。帰ってきた言葉はおよそ最低というか最悪というか。まぁアユらしいなとは思うが。
「もちろん、ここの三人以外には秘密で」
アユは俺のご近所さんがオメガターカイトだと知っている。その上で釘を刺したのは、俺への嫌がらせか。あるいは都合を求めてか。
「鬼喪イゾウを徹底的に潰す。そのために必要なことですので」
あまり前のめりにならんでほしいのだが。
「えー? じゃあ……佐倉さんと……? えー?」
で、その内容を聞いて、桃野さんはモジモジとしている。内容を聞けば桃野さんには悪い条件ではない。というか都合の順番で言えば役得ですらある。俺とデートして鬼喪イゾウを排除できるなら願ったりだろう。
「前からガチ恋勢だったのか?」
「みたいですね。私が何か勘違いさせるようなことを言ったんでしょうか?」
まぁ言ったんだろうな。アイドルにガチ恋するのにも理由はあるだろう。俺もままわからないではない。
「なわけで、明日の予定は開いていますか?」
ニコリ、とアユが聞く。
「予定はない。もちろん。だが条件が飲めない」
ルイとタマモにだけは説明しないと、俺が刺される。あんまりヤンデレの素質は二人には無いが。結局のところ、俺が平謝りすれば許してくれる甘々な存在ではある。とはいえ、それに甘えていいのかは別問題で。
「気にしなくていいですよ。私は気にしません」
アユはそりゃ気にしないだろうよ。というあくまでアユは俺の敵の敵であって究極的に俺の味方じゃない。そこまで分かっても、俺は俺で浮世を渡るのに仁義があるのだ。




