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推しのアイドルが所属しているグループのメンバーが俺の家に入り浸る  作者: 揚羽常時


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第166話:桃野ヲヒメの義理チョコ【ヲヒメ視点】


「それじゃ! 盛り上がっていこー!」


 リーダーのリオちゃんがライブの最初を宣言した。私のモチベーションは八十五パーセントくらい。今日は二月十四日。バレンタイン。そして今日はディーヴァラージャのバレンタインライブだ。客の入りは上々。というか箱でやっているので、広くはなくても満客。おそらくライブそのものは黒字になるだろう。けれど、私にとっては不満も無いではない。今頃佐倉さんはオメガターカイトのバレンタインライブに行っているのだろう。そうと知って、叶わないと知って、なのに悔しさがこみ上げる。ネットで話題の私の乙女顔を今日はもしかしたら披露できないかもしれない。今頃、別のライブで盛り上がっている佐倉さんを思うと胸が苦しくなる。


「――――♪ ――――♪」


 それでもディーヴァラージャのナンバーを歌い上げて、ライブの客をテンションマックスにする。それがアイドルの仕事。私情は挟まないけど、アイドルだって人間だ。もちろん残念なことがあればパーフェクトには程遠い。もちろん、それを察知できる客は全体の二パーセントもいないだろうけど。


「じゃあ今日の僕は最高だ! でしたー! 聞いてくれてありがとうございます!」


「「「「「ヒメっち~~~~!」」」」」


 四人グループのディーヴァラージャは、全員がほぼ等価の人気を持つ。リーダーはリオちゃんだけど、センターはときどき変わる。っていうか今日は私で、もちろん佐倉さんが見てくれることを望んでいないと言えばウソになる。全力で歌っているけれど、ふと思うのだ。今頃推しのサイリウムを佐倉さんが振っているんだなーって。


 それで次々にナンバーを歌って、私はセンターを張って歌姫の想定を超える。


「「「「「ヒメちゃーん!」」」」」


「みんな! ありがとー!」


 そうして熱気は冷めやらず。まだ冬だというのに、箱でのライブは熱気ムンムンで。そのまま私のモチベーション低下に気付かれないままライブは終わって。それからチョコ配布を兼任した握手会に入る。


「ヒメっち! 超よかったです!」


 ファンの一人が感激の目で私を見る。もちろん私は営業スマイル。


「ありがとうございます! ちゃんと私を推してくれないと怒っちゃいますからね? はい。ハッピーバレンタイン」


 そうして握手をしてチョコを渡す。もちろん義理チョコどころではない。あえて言うなら営業チョコ。既に本命チョコは佐倉さんに渡している。だからこれから列に並んでいるファンのみんなに渡すチョコは営業のチョコだ。私を応援してくれる、その有難さに代償を払っているだけ。ああ、嫌な子だな。私。でも佐倉さんという素敵な男子を知ると、他の男が色褪せるような奇妙な違和感を覚える。ここに佐倉さんが並んで、私と握手してくれたらもう一度本命チョコを渡すのに。


「ヒメちゃん! 綺麗な歌声でした! これからも推します!」


「ありがとうございます。はい。チョコですよ。ちゃんと味わって食べてくださいね?」


「あざっす! あざっす! 神棚に供えます!」


 いや。食べて欲しいんだけど。


 そして二百人の箱で、だいたい等分にファンを分かち合っている私たちディーヴァラージャ。だから私の列は五十人程度。その一人一人に薄ら寒い笑顔を見せながら、チョコを渡して、ファンとして洗脳する。あの時、佐倉さんがライブに来てくれた時の喜びを思い出しながら、似たような笑顔を作るように心がけて。


「ヒメっち! 超推しです! チョコください!」


「もちろんですとも。はい。大事に食べてくださいね?」


 そうして一人一人に渡す。最後の一人は……げ。


 そこで私はちょっと引く。私の写真をプリントしたシャツを着て、異様に汗をかいているキモオタが最後のファンだった。吐き古したスニーカー。色褪せたブルーのジーンズ。名前は覚えている。鬼喪イゾウ。私にとっては何を考えているのか分からない存在で。けれど粘着的な笑みを浮かべるという女子的に、というか生理的に無理なファンだ。


「デュフ。ヲヒメちゃん……ファンにも義理チョコを配るなんて、た、大変だね」


「えー。全部本命ですよ? ファンの皆さんは大事な存在ですから」


「そ、それでこそプロだね。でもわかってるよ。ヲヒメちゃんは、せ、拙者のガチ恋勢でしょ?」


「イゾウくんにも勇気をもらっていますよ? ライブに来てくれてありがとうございます」


 出来れば視界に入らないでくれると嬉しいんだけど、そんなことを言うわけにもいかないし。


「せ、拙者に本命チョコをください。拙者が本命でしょ? を、ヲヒメちゃんは拙者に惹かれているもんね?」


 むしろ引いているんですが。


「はい。アイドルとしての本命チョコです。受け取ってくれますよね?」


「あ、ありがとう。ちゃ、ちゃんと感謝して食べるよ。それからヲヒメちゃんの願いは叶うよ……」


「私の願い……ですか?」


「新年ライブで言っていたよね? オメガターカイトより人気になりたいって」


「目標ですから」


 大好きな佐倉さんをオメガターカイトから私に推し変させる。そのためならディーヴァラージャの躍進に協力する。私は私の恋のためにアイドルを続ける。こういうキモいファンもいるけど、私にとっての唯一って佐倉さんだから。


「だ、大丈夫。拙者がディーヴァラージャをオメガターカイトより人気アイドルにするから。を、ヲヒメちゃんはこのまま頑張って拙者のために歌ってくれればいいよ」


「えーと」


 そもそもただのファンが、どうやったらディーヴァラージャの人気に貢献するのか。ネットのステマとか?


「き、今日にでもオメガターカイトは破滅するよ。拙者はヲヒメちゃんのために尽力している。だ、だからヲヒメちゃんも拙者の愛を受け取ってくれるよね?」


「私のファンでいてくださいね?」


 営業スマイルで、サラリと躱す。


「を、ヲヒメちゃんは焦らしたがりかな? せ、拙者を好きなのは知ってるから、拙者だけにガチ恋していいんだよ?」


 そもそも何故私がイゾウくんにガチ恋する理由が? キモオタの鏡というのは認めるけど、私に勘違い恋愛をするのは勝手にしてほしい。でも私がイゾウくんを好きになることはほぼない。あえて言うなら何かの間違いで佐倉さんよりイケメンになればワンチャン。


「デュフ……ヲヒメちゃんは拙者が好き。だから拙者もヲヒメちゃんが好き。だから拙者たちは相思相愛だよね?」


 いえ。キモいから応援だけにしておいてください。


「はい。御時間でーす」


 そうしてスタッフがイゾウくんを押しのけて、握手会の時間切れを宣告する。最後まで暗い笑顔で粘着的に私を見るイゾウくんの目が怖かったけど、まぁあんなんでもファンだし。拒絶することはできない。はぁ。佐倉さんに会いたい。あのイケメンに微笑まれたい。本命チョコのメモは読んでくれただろうか。私は何回拒絶されても、佐倉さんを諦める気にはなれないのだ。


 諦めない。投げ出さない。最後の最後の最後まで負けないのだ。


「恋人はいないって言っていたけど……」


「コラ」


 コツンと軽く拳骨をくらう。独り言にツッコんだのはジュリちゃんだ。


「爆弾発言をしないで」


「口に出てた?」


「ガチでね。本当に好きなのね。その佐倉くん」


「もう運命。デスティニー。パルマフィオキーナ」


「ちょこちょこ意味わかんないんだけど」


「私は佐倉さんに抱かれるまでアイドルを続けますよ」


「抱かれたら?」


「永久就職」


「ヤバイ。ガチだコイツ。そんなにイケメンならあーしもワンチャン……」


 言っとくけど、ジュリちゃんにも渡す気はないからね?


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