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推しのアイドルが所属しているグループのメンバーが俺の家に入り浸る  作者: 揚羽常時


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第164話:バレンタインライブ


「うむ。俺。絶好調」


 紫と緑のサイリウムを装備。そのままライブを今か今かと待ち受ける。ライブの開始時刻はすでに定刻通りにただいま参上。俺はその時を待っていた。


「…………ただなぁ」


 相手が何者で、何をしてくるかわからない状況が不安を呼ぶ。仕方ないので、そのターゲットの隣に立って、サイリウムを振る。そうしてライブが始まって。


「ああ、この世に鐘が響き渡るなら♪」


「きっと私と君の祝福を♪」


「地平線の彼方まで鳴らしてみせて♪」


 フリッフリの可愛い服を着た七人のアイドルがステージに現れる。ギャルゲーの学園制服みたいなチェッカーボード柄の衣服にギリギリパンツが見えない計算された長さのスカート。そのオメガターカイトがステージに上がって、いきなり歌いだす。ファーストナンバーはちょっと有名な人気曲。一番人気ではないがオメガターカイトでも五指に入る人気曲。


「だから私は風を見る♪」


「清澄なる鐘の音が♪」


「この空に響くことを信じて♪」


 そして「わぁぁぁぁぁ!!!」と観客がテンションを上げる。俺も必死にサイリウムを振った。出来ればオタ芸を打ちたかったが、今の俺はそっちにリソースを割けない。このまま隣の人物が何もしなければ御の字。そうじゃなかったら、実力でもって排除。


 というのもアウトニューロンを展開しているのだ。もしもオメガターカイトを襲う悪意がそのまま継続されているならバレンタインライブは絶好の機会。となると俺が警戒するのはマネージャーとして当然で。できれば百パーセント、ライブに集中したいが、まずはオメガターカイトの安全が第一義。


「ルイちゃーん! タマモちゃーん!」


 だが隣の不審人物が行動を起こさない限り、こっちから大事にはしない。相手から緊張が伝わってくる。それは懐に銃を忍ばせていれば普通は緊張する。このまま銃を握って、天井に向けて撃つだけでもライブは台無しになるだろう。で、オメガターカイトのライブには拳銃を持った人間が紛れ込むと噂が流れれば、そのままコマーシャル的に大打撃だ。


「ほら、一緒にテンション上げようぜ」


 俺は黄色のサイリウムを隣の銃所持者に渡して、ライブの熱気を伝える。相手が幾ら貰っているのか知れないが、ここで警察に捕まって、採算がとれるのか?


「ルイちゃーん! タマモちゃーん!」


 俺の声援に、鋭敏に気付いたルイとタマモが、俺と視線を交錯して破顔する。その恋する乙女の顔はファンにブッ刺さり。自然にして可憐な笑顔が、オメガターカイトのライブを高いパフォーマンスへと導いていく。


「可愛いよなぁ。ルイちゃん」


 酒飲んで酔っているような絡みで隣の銃所持者に話しかける。


「そ、そうだな」


 俺に渡された黄色いサイリウムを振りながら、困ったように言うお隣さん。


「ちなみに余計なことはしない方がいいぞ」


「な、なんのことだ」


「流石に懐のソレを抜いたら、俺としても実力行使に出る」


「ッッッ!」


 見抜かれているとは思わなかったのだろう。だがサイリウムも持たず、法被も着ず、テンションも下げ下げでオメガターカイトのライブに来ている時点で満貫ツモだ。


「わかって……いるのか」


「ああ、わかってる」


「どうして、と聞いていいか?」


「ちょっと、な」


 アウトニューロンについて説明するのは難儀だ。そもそも神経を露出させて箱全体を警戒しているとか、どうやったらオーバリズムじゃない人間に納得してもらえる?


「しかし、ここで問題を起こさないと、俺は金を受け取れない」


「その前に警察に捕まると思うぞ」


「大丈夫だ。家族に支払われる」


「お前自身はそれでいいのか?」


 こうやって冷静に会話しているっぽいが、ライブを見て本気でサイリウムを振っているのも事実。紫と緑のサイリウムを全力で振ることも俺のジャスティス。


「元々事業に失敗して得た借金だ。俺が返すのが道理だろう」


「たしかに」


 そんなわけで、俺は隣の銃所持者と話し合った。相手がミッションを達成するのは必須。その上で最も被害の出ない方法を探す。となるとライブが終わってバレンタインチョコの配布の時にイカレサイコを演じて天井に撃つ。これなら誰も傷付けず。もちろんチョコ配布は台無しになるだろうがライブは止めなくても済む。俺は別でチョコを貰うのでどうでもいいとして。説得が理に適っていて、そうしてライブは普通に大盛況で終わった。それからアンコールがあった後、「ありがとうございましたー!」とオメガターカイトがお礼を言って舞台袖に消える。そこからが今日の本番だ。オメガターカイトによるバレンタインなのにアイドルのライブに来ている悲しい男どもにチョコを配る握手会。もちろん俺は銃所持者と一緒にタイミングを見計らっていた。どの時点で発砲するのがベストか。とりあえずお膳立ては出来ている。誰とも知らぬファン一号が銃を抜いて、それに即座に気付いた俺が取り押さえる。暴れて抵抗する銃所持者が天井に向けて一発。それから警察沙汰にして場を静める。できれば大事にしたくないが、相手の事情も考えてミッションインポッシブルは非道に過ぎる。もちろん俺というかオメガターカイトのファンには穏便に終わるのが一番だが、そうとも言っていられないのが浮世の悲しいところで。


 できるだけ列の後ろに並んで、下手な真似をすればその場で殺すと脅して、オメガターカイトに迷惑をかけない最後の最後のタイミングで発砲する。これしかない。とすると俺はチョコを貰えない。それも嫌だなぁ。


「ルイちゃん! ありがとうございますー! 義理チョコ受け取りましたー!」


「タマモちゃん! このチョコは大事に食べます!」


「サヤカ様!」


「イユリちゃん!」


「アワセ氏!」


「リンゴちゃん!」


「杏子ちゃん!」


 一人につき一個。チョコを受け取って感涙するファンの悲しき習性。もちろん俺も義理チョコでもオメガターカイトにチョコを貰えるなら肝臓くらい売る。


「い、いいのか」


 で着々と、銃所持者の順番が近づいてきて、彼としても銃を発砲するのは緊張するのだろう。オメガターカイトのライブを台無しにして、成功報酬を貰わないとミッションは失敗。俺としてはそれによって起こる金の受け渡しが肝要ではあるのだが。


「よし。行け」


 そして最高にして最悪のタイミングで俺がゴーサイン。銃所持者も誰にも銃弾が当たらないように天井に向けて銃口を向けた。その異常に最初の気付いたのが俺、という体裁。ガァンッッ! と銃が発砲され。


「全員動くな!」


 そのまま悪役丸出しで銃所持者が今日のライブを台無しにする。これで彼は依頼者からの義理を果たした。そうして俺はすでに彼から聞いており、銃には一発しか銃弾を込めていないと知っている。そのまま合気道の応用で組み伏せて、ざわついている混乱の極致にあるライブ会場を静めさせる。


「警察! 警察呼んで!」


 で、お膳立て通りに俺がそう言うと、一部冷静な客が百十番。そうして警察が飛んできて、この案件は事件に。そのまま次の日のニュースにはなったが、被害者が出ていないことと、明らかに無差別とも言える事件性ということで公にはそこまで騒がれなかった。あくまで銃所持者は持っている銃を撃ちたかったのであって、オメガターカイトのライブを狙ったのは単なる巡り合わせ。そう言うことで落ち着いた。俺はその銃撃者を拘束したということで警察から表彰されたが、まさにマッチポンプなので何を言うでもなく。もちろんファンは銃撃程度でチョコを諦めるわけもなく。その日はファンの強硬な継続懇願によって一人も欠けることなく最後までチョコ配布は続いた。


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