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推しのアイドルが所属しているグループのメンバーが俺の家に入り浸る  作者: 揚羽常時


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第163話:ディーヴァラージャの桃野ヲヒメ


「はぁ……」


 キーンコーンカーンコーン。学校のチャイムが鳴る。俺は教卓前の席で、その音を聞いていた。今日は二月の十三日。今年はバレンタインが週末なので、十三日が学校にとってはイベントデーだ。もらえた男は狂喜乱舞し、貰えなかった男は運命と自分を呪うばかり。俺はって? 聞かなくても分かるだろ。


「南無三」


 とはいえだ。これから起こることを考えるとそれもいいかなと思ってしまう。人気アイドルグループ、ディーヴァラージャの桃野ヲヒメから本命チョコを受け取る。それ以外のことを予定していない。


「あ」


 で、昇降口でのこと。頭に枕詞が何も付かない毒島さんに出会う。とりあえず無視をして、外履きに履き替えた。


「何で無視すんの?」


「今日は女子見ると悲しくなるので」


「ふーん。その様子じゃ一個も貰えなかったわけだ」


「まるで期待してないわけじゃなかったから、余計残念でな」


「じゃあ、はい」


 カバンから取り出したチョコを、毒島さんは俺に渡す。


「は?」


「誰にも貰えてなくて残念がっているだろうなってアンタに気遣い」


「本命か?」


「義理に決まってるだろっつーの!」


 そんな唾を飛ばさなくても分かってはいるんだが。


「ふーん。まぁ頂くけど。あ、ホワイトデーは期待するなよ」


「し、しねーし」


 せめてドモらずに言えたら百点満点だったのだが。


「ありがたく頂くよ。どうも感謝だ。この通り」


 そう言って俺はポンポンと毒島さんの頭を叩いて、そのまま学校を出る。そうして落ち合ったのは庵宿区。庵宿区の駅に自撮りで知った桃野ヲヒメの学校制服を目印に、彼女と落ち合う。眼鏡をかけて帽子を被った変装状態の彼女を、制服だけで見分けて、俺は合流する。桃野ヲヒメさんは本当に可愛かった。


「えへへ。来てくださりありがとうございます。佐倉さん」


「いや、会うのはいいんだが。ディーヴァラージャ的にはありなのか?」


「私だって恋の一つはするわけで」


「それが俺だったと」


「佐倉さんはズルいです。そんなにカッコいいのにドルオタなんて」


「どういう意味で?」


「そんなイケメンに応援されたアイドルは誰だって恋に堕ちますよ」


 そんなわけあるか、とは言えないわけで。


「ともあれだ。どこ行く? もう時間ないけど。そもそもディーヴァラージャの予定はないのか?」


「昨日まで完璧に確認したので。今日は明日のライブ前の休みです」


 それはオメガターカイトもそうなのだが。


「というわけで、受け取ってください。佐倉さん」


 明らかに金のかかっているだろうブランド物のチョコをラッピング付きで渡してくる桃野さん。もちろん俺は受け取るが、それでOKというわけでもなく。


「じゃあ喫茶店にでも寄るか」


「そうですね」


 お断りをするための時間。それが俺には必要だった。


「佐倉さんってこういうところ結構来るんですか?」


「来たいとは思っていたが、来るほどでもない、が正しいかな」


 そもそも庵宿区なんてルイやタマモとデートする時しか来ないし。その時々で喫茶店を選んでいるのだが、ネット検索をするとおしゃれなカフェがトレンドに載る。そこを求めて彷徨っているわけで。


「実は彼女さんと?」


「ああ」


「え?」


「冗談だが」


「驚かせないでくださいよー。いないって言ってましたもんね」


 いるのだが、ここで言うわけにもいかず。黒岩ルイと古内院タマモだと知れば、この桃野さんは何を思うだろう。俺はコーヒーを飲みながら、そんなことを考えていた。おしゃれな内装だった。一般的な古風な喫茶店のイメージで、穏やかな空気が流れている。客の民度も高く、静かで静謐な空気を求めて、皆ここに来ているのを実感できる。


「そのー。佐倉さん。私とお付き合いしたりとか」


「却下」


「なんならアイドル止めますので」


「無関係」


「結構稼いでいますよ? 佐倉さんを働かせるような真似はしませんので」


「不必要」


「じゃあ佐倉さんはどういう女性がいいんですか?」


 どういうって言われてもな。


「おっぱいが大きくてドMな女性」


「いると思います?」


「いないよなー」


 自らの虚偽申告が、まさに俺の首を絞める。


「佐倉さんが望むなら、私ドMになりますよ?」


「無理してなられても困るからいい」


「何でもしますから……」


「何でもって、何でも?」


「無茶ブリされても困るだけですけど」


「全裸ペイントで俺とデートするとか」


「……そういうプレイがお好きなんですか?」


 どうだ。引いただろう。


「ドン引きですけど」


「というわけで、俺にとっては女子を捜すのって難題で」


「そういうプレイが出来ないと佐倉さんとは付き合えないと」


「そもそもアイドルの桃野さんじゃないと意味ないけど、アイドルの桃野さんとは付き合えないし」


「じゃあ隠れて付き合いましょう」


 それはもうやってる。


「あの、じゃあ、やっぱり私は、無しで…………?」


「恋人には出来ない」


 それだけはきっぱりと言っておく。


「あ……う……ッ……ッッッ」


 で、俺の容赦ない惨殺に、涙を流して悲しむ桃野さん。俺と付き合えない。その事がそこまで響くのだろうか。だが俺にしてみれば、ディーヴァラージャの桃野ヲヒメと付き合った際のデメリットの方が大きいように思うのだが。


「だから。ゴメンな」


 なんで俺は謝っているんだろう。悪いことをしている自覚があるなら直せよって話で。けれど絶対に直すことのできない条件で。ただ桃野さんを傷付けたという、そのリアルだけが俺の中に取り残され。


「分かり…………ました…………。ありがとう…………ございます…………」


 そうして俺はレシートを握って、そのまま会計へ。一秒でもこの空間にいたくなかった。女の子の涙はズルい。そうして振り切るように家に帰って、ジトーッとしているルイとタマモは無視。そのまま桃野さんにもらった本命チョコを開けて食べていると。


『いくらフラれても諦めませんからね♡』


 既に結論の出ているメモが同梱されていた。このチョコにメモを入れた時、つまり既に対面の状況では俺に振られると悟っていたのだろう。それでこのメモを仕込んでいたと。もちろん彼女にとっては一回に失恋は次への布石に過ぎず。女の子って強かだ。


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