第159話:セイバーファイバー
「で、あれがアルケーストールの日本支部……」
「の一部だな」
都心のどこにでもありそうなビルの一つ。そこで少し忙しそうに右往左往しているアルケーストールの皆さんを、俺とリンゴは双眼鏡で見ていた。
「で、アレを切り裂けばいいんだな?」
「もういっそ無茶苦茶やっちゃってくれ」
繊維のオーバリスト……服部リンゴ。その究極の能力。セイバーファイバー。強度と細さを究極的に突き詰めることで圧倒的な切れ味を持つに至った斬撃の繊維。糸は細ければ細いほど、切断に必要な圧力は減る。つまり究極的に細い糸であれば、少ない圧力で対象を切り裂ける。もちろん強度は必要だが、そこも加味してリンゴのセイバーファイバーは悪魔的だ。
「じゃ、やるか」
あっさりとそう言ったリンゴはそのまま繊維を展開して、そのままビルを切り刻んだ。まるで果実を包丁で切るように、細かいところまでビルをバラバラに切り裂くリンゴのセイバーファイバー。ビルそのものが崩壊して、内部の人間は崩落に右往左往。そうしてリンゴの出番が終わって、そのままクールエールの傭兵が突撃。状況を読めない構成員が瓦礫を押しのけて、反撃に出るが、既に雌雄は決している。アサルトライフルを撃って、アルケーストールの構成員を射殺していくクールエールの傭兵に慈悲はない。まるで漁師が稚魚をあっさりと捕獲して口に入れるように、あっさりと殺していく。
「…………」
もちろん自称一般人の俺に、それを肯定しろというのは難しく。
「リンゴは大丈夫か?」
「何が?」
すげえ。コイツ。この有様を見て何とも思ってない。俺はちょっと気分が悪くなっているのだが。
「ほい」
さらに繊維を展開するリンゴ。ピシィと張りつめた繊維がアルケーストールの構成員を固定する。その動けなくなった構成員を傭兵が射殺していく。マジでリンゴは何も思っていないらしい。それもそれで凄いが。
「マアジって実は繊細か?」
「実はも何も繊細だ」
正直、この鏖殺には何も思わないというのは難しい。
「辛いなら見ない方がいいんじゃないか?」
「お前はよく無事だな」
「こういうオーバリズムを持っているとな。色々とカッとなって間違いも犯すから」
警察でも推察できない殺人。それをリンゴも体験したのだろうか。
「じゃな」
「行くのか? マアジ……」
「最終的にはこうなるってわかっていたからな」
そうして俺は崩落しているビルの、その地下水路まで身を落とす。表のビルは全て崩落している。であれば逃げる算段をつけているアルケーストールの幹部がいるなら、逃げるのは地下だろう。そう言う風にセインボーンも言っていた。そっちに戦力を割くのは当然だが、俺もそこに加担する。
「ちぃ! どこの馬鹿がアルケーストールに敵対など……」
日本語で丁寧に愚痴っているアルケーストールの幹部が俺を見た。ビルから地下に続く逃走経路。そこで悪臭のする下水の通路を進んで、俺と相対する。
「よ」
「なんだテメェ!」
懐からあっさりと銃を抜く幹部。これだから犯罪組織は嫌なんだ。
「貴様らがアルケーストールに敵対したのか!」
「五割くらいは当たりだな」
「何やってるか分かっているんだろうな!」
「それについては肯定が難しい」
そもそも俺がアルケーストールに何かを思うことは全くない。
「で、どうする?」
俺が聞くと同時に、相手はトリガーを引いた。チュインチュインと銃弾が跳弾する。
「なん……?」
木甲梵弩バウムクノッヘン。木製装甲が銃弾を跳ね返す。
「じゃ、そんなわけで。お前には警察に捕まってもらう」
「ふざけるな! 本部が黙っていないぞ!」
「そっちも多分終わっているがな」
「何を……ッ!」
そうしてさらに銃のトリガーを引こうとしたアルケーストールの幹部に、俺は真正面から近づいて、拳をみぞおちに決める。
「ガッ……!」
そうしてアルケーストールの日本支部は終わった。俺は何もしていないが、クールエールの傭兵の撤退の手際も抜群で。警察が崩落したビルに駆けつけた時には既に全てが終わっていて。銃殺された構成員がアルケーストールだと認識されるのも難しい話ではなく。下水道に倒れているアルケーストールの幹部も警察にあっさり掴まって、それから犯罪組織の運営と背後について、色々とニュースが飛び交って。
「はあ」
「これで安全が戻ってきたな」
「俺的には不本意だが」
「何故だ?」
よくわからない、とセインボーンが聞く。
「もうちょっと穏便な方法は、と思うのは無理筋か?」
「無理筋だな」
そっかー。
「なわけで、護衛はもういらないだろ?」
「まぁ必要はなくなったな」
「じゃあ毎度あり。これで七千万円貰えるなら悪くない商売だったよ」
「ていうか、警察から申告はなかったのか?」
「一応こっちは外交官名義で日本にいるからな。クールエールのことを警察が知っていてもこっちには手が出せない」
便利な立場だよ。外交官。
「また困ったことがあれば言ってくれ。袖の下次第では力になる」
「そうだな。その時は任せる」
「ところでアルケーストールの本部の方だが」
「何かあったか?」
「無いわけじゃ無いわけじゃ無いわけじゃ無い……程度だな」
「つまり何かあったんだろ?」
「まぁ」
どうせ不機嫌になったアユを止めることは誰にも不可能だ。俺としてもアルケーストールに十字を切るくらいしか出来ることはない。
「本当にヒトリボッチ嬢は災厄だな」
「否定も難しいのがなんともな」
「マアジとしてはどうなんだ」
「適当にやってくれ、が本音だ」
「アユの能力が解明されれば、それはとても嬉しいことなんだが」
「まだEHフィールドについてはなぁ」
それを解析されるのもなんだかなぁ、って話で。
「にしても、御曹司関連の話になると、ヒトリボッチ嬢は徹底的だな」
「そこだよなー」
アユに妥協はない。それとわかって俺には止められない。別に止める必要も無いと言えば無いのだが。
「愛されているな。お兄ちゃん……」
不本意の二乗ではあるんだが。




