第155話:ダンスレッスンとその合間
「――――!」
迸る汗。躍動する四肢。ついでに揺れるおっぱい。まぁ眼福か否かなら眼福で。
「じゃあひとまず休憩。お疲れ」
ダンスのレッスンの講師は一拍して、オメガターカイトに休憩を命じた。レッスンの場所は鏡張りの部屋で、流石に外から確認できる位置には無く。女性の護衛は入り口を守っており、男性の護衛は狙撃ポイントを予測して離れた場所を回遊している。で、俺はと言えば総括マネージャーということで、レッスンを間近で見ていた。可愛いフリフリの服を着てマイクを持って踊っているオメガターカイトも十分に可愛いが、ジャージで踊っている練習中のオメガターカイトもそれはそれで御褒美だ。休憩に入ったオメガターカイトが思い思いに休憩に入って……と思っていると。
「マネージャーさん」
「…………マネージャーさん」
ルイとタマモが汗を拭きながら、スポドリ片手に俺の隣に座る。
「おい、自重しろ」
「無理だって。マネージャーさんに見られていると」
「…………ちょっと恥ずかしいですけど」
俺は場の全体を見渡している。ルイとタマモが俺にアプローチしているのはほぼ共通認識だが、一人知らない奴がいる。
「…………」
杏子が俺を刺すように見ている。杏子だけは俺がルイとタマモとお付き合いをしていることを知らないのだ。サヤカ、イユリ、アワセ、リンゴは分かっていますよとばかりに、遠慮している。
「マネージャーさん、ボクのダンスどうだったぞ?」
「すっごいよかったけどさ」
「…………あたしの胸見てませんでした?」
「否定するのが無茶なんだが」
一応小声で話しているから杏子には聞こえていないだろうが、逆にヒソヒソ話しているので杏子の邪推を買っている。
「じゃ、レッスン頑張れよ」
「応援してね? マネージャーさん」
「…………マネージャーですもんね」
そうではあるんだがなぁ。俺は自販機の缶コーヒーを買うため、と言い訳して、一旦場を離れる。
「さーくーらーくーん?」
ボタンを押してガシャンとコーヒー缶が落ちる音がして。その後に俺を名字で呼ぶ唯一のオメガターカイトメンバーが俺を睨みつけていた。一応今時点でオメガターカイトが独占しているので、通路を歩いている人はいない。俺と、杏子だけが自販機の前にいる。
「何か?」
「ルイとタマモにデレデレしないで」
まさに無茶を言っているんだが。
「推しとお近づきになれるんだ。デレデレもするさ」
「佐倉くんはスポンサーでしょ」
「正確には大株主な」
っていうかマネージャー。
「女性が欲しいなら私が相手するから」
「ノーセンキュー」
「私を推してよ」
「それもノーセンキュー」
「次のライブ……バレンタインなんですけど」
まぁちょうどいいと言えばその通りで。大きめのホールでライブをやる。で、ライブ後はファンに義理チョコを渡す変則的な握手会もある。もちろん俺も参加する。オタ芸の練習は抜かりなく。
「佐倉くんには私がチョコを渡したい」
「多分黒岩さんの列に並ぶと思うぞ」
基本的に二択なので、ジャンケンの勝負次第だが。
「じゃあ私は何をすればいい?」
「何って……」
「佐倉くんを射止めるために、必要なことって何?」
「ナニ」
「…………」
「期待しているところ悪いがジョークだからな」
「吐いた唾は呑み込めないよ?」
「拒否する権利はあると思うが」
「私なら……その……いいよ?」
「じゃあ頑張ってください」
「ルイやタマモじゃ抱かれてくれないんじゃない?」
言っている意味は分かるが、案外拒否しているのが俺の側からだったりして。杏子には自白しないが。
「手の届く方がいいんじゃない?」
「手の届く方……ね」
「ルイなんてトップアイドルだよ? 佐倉くんなんて手も繋いでくれないよ?」
「そーですねー」
「それでも推すの?」
「ガチ恋勢だから」
「不毛だよ」
毛は生えてるぞ、という返答が頭に浮かんだが、センスがおっさんすぎて放棄した。
「まぁ恋愛って理論じゃないし」
「私なら佐倉くんを愛してあげる」
「謹んでごめんなさい」
「前は私のこと推してたじゃん……」
「まぁ可愛かったな」
「今も変わってないよ?」
「それも知ってる」
「じゃあ……」
「ああ、いや、出来ることならここでキスでも一つして、口説いてもいいんだが」
「いいの?」
「スキャンダルを待ち焦がれているパパラッチがいるから」
ヒョイと俺は杏子の後ろを指差した。
「あ、バレてた?」
「…………勘のいいガキは嫌いです」
「ルイ……。タマモ……」
苦虫を、みたいな顔をする杏子。
「杏子、それはアイドルとしてどーかなー?」
「…………あんまり軽率なことはしないでくださいね」
なんというブーメラン。正確には杏子に説教しているのではなく、俺に忠告しているのだから「お前が言うな」には該当しないのだが。
「言っとくけど佐倉くんと私は同中で同じ高校だから」
「そなの? マネージャーさん」
「事実ではあるな」
確認するまでも無く知っているだろ。ルイとタマモは。
「だから佐倉くんは私のモノ。オメガターカイトには迷惑かけないけど、色目は使わないでね?」
「でもこの前マネージャー、ボクの列に並んでいたぞ。握手会」
「…………たまにあたしだったり」
「…………」
まさにぐうの音もってやつ。ついでにバレンタインのイベントも二人のどっちかになるわけで。杏子の介入する余地はなかったり。残念無念。




