第152話:セインボーン・サーキュラー
「おー。御曹司。お久ー」
昼からビールを飲みながら、気安い酒場のお姉さんみたいなオーラの白人女性が俺とアユを出迎えた。場所は相手の指定で国際ホテル。その一室を借り切って、俺との交渉に応じると相手から連絡があったのだ。というかそのメッセージを受け取ったのはアユなのだが。
「ヒトリボッチ嬢も御機嫌で何より」
「……ども」
不満げだが、アユはヒトリボッチ嬢呼ばわりされても怒ることをしない。
「せ、セインボーン。ビジネスの話は出来るか?」
「もちろん。クールエールは絶賛依頼受付中だ」
傭兵派遣会社クールエール。アメリカ資本の会社で、日本でもそこそこ活躍している。とは言っても、もちろん傭兵派遣会社であるため、その本質は戦争の代行だ。
「殺してほしい相手がいるなら金さえ積めれば応じるぜ?」
セインボーンは日本のビールが好みらしく、七福神の一柱を商品名にしているあのビールを特に好んでいた。
「殺しは無しだ」
「なんだ。つまらない」
人殺しを面白いとか言っている時点で、俺とセインボーンは分かり合えないのだが、この際手段を選んでいられないのも俺の側から見て事実でしかなくて。
「じゃあ何の用だ?」
「オメガターカイトって知ってるか?」
「あ? あー? アイドルだっけか? たしか日本で今ホットな」
もちろんセインボーンが日本のアイドル界隈を興味持つわけではないので、この場合は犯罪組織に狙われていることを指しているのだろう。そこを知っているなら話は早い。
「そのアイドルグループの護衛をして欲しい。とりあえず男を七人。女を七人。派遣しろ」
「その理由は?」
「女性の傭兵には、マンツーマンでアイドルを護衛してほしい。警察も動いているし、佐倉コーポレーションでも細心の注意を払っているが、相手がちょっとな」
「厄介だ、と?」
「スナイパーライフルで遠距離狙撃を行なってきた」
「つまりどう考えても日本のヤーさんではない……と」
エグザクトリィ。
「男の傭兵七人には、オメガターカイトが移動をする際に狙撃ポイントを先回りして警戒してもらいたい。あとは帰宅した時の警護だな。角夢杏子以外は同じマンションに住んでいるが、それでも相手が暴力でセキュリティ突破する可能性も無いではない」
「それは警備会社に頼むべきでは?」
「警備会社は銃を武装できないだろ」
「ごもっとも」
くっくとセインボーンが苦笑する。
「おそらく相手は海外マフィア。あるいはお前の競合他社。対抗するならセインボーン・サーキュラーを頼るってのは間違っているか?」
「いや。納得だ。なるほどね。物騒な話だ」
日本のビールを飲みながらケラケラとセインボーンは笑う。三つ揃いのスーツにカシミアのコート。その服装だけで何百万円かかっているのか。
「金は言い値で払う……と言いたいが、妥当なラインを提示してもらうぞ」
「そうだな。少なくとも活動場所が日本ってことは銃撃戦は最低限。相手が狙撃したことも含めて、その護衛と相手の割り出し。死ぬ危険性は皆無だが、全く無いわけではない。とすると傭兵一人につき五百万ってところだな」
「一月契約か?」
「いや? 問題を解決するまでの間、だ」
「一人五百万で危険な組織との敵対に期限なし……か?」
「十四人だから日本円で七千万円だな」
「それ、社員は納得するのか?」
「もち。安全国家日本でアイドルの護衛をするだけで五百万円貰えるならボロい商売だ」
「たまに傭兵の金銭感覚がわからなくなるんだが」
「なんだ。命を賭けるからサラリーマンの生涯賃金を支払えとか言われると思っているのか?」
「まぁ忌憚なく言えば」
「あくまで傭兵にとって戦場はビジネスだ。一回の取引で五百万円稼げるなら、それは仕事としては妥当だろう。単に銃弾が飛び交うかどうかの違いだけで、死の危険で契約料を値上げする人間はそもそも傭兵になってねーよ」
まぁ七千万で傭兵部隊を運用できるなら願ったりだが。
「あと、追加料金もここで言わせてもらう」
「結局金とるんかい」
「こっちだってビジネスだ。それにあくまで条件付きの追加料金だ」
「言ってみろ」
「そのオメガなんちゃらの護衛で傭兵が死亡した場合。あるいは銃火器の所持により警察に捕まった場合。このどちらかを条件に傭兵の家族に日本円で一千万、振り込んでもらう」
つまり全員死ぬか警察に検挙されれば、総額二億一千万円。
「それだけでいいのか?」
「平和の国のお坊ちゃんに分かり難いかもしれないが、傭兵家業としては垂涎の案件だよ。むしろ私として強気の交渉をしているまである」
「私の時はもっとボッたじゃないですか」
「そりゃそうだろう。オーバリスト、ヒトリボッチ嬢。その人類の遺産を護衛するとなれば、それなりの金を貰わなきゃやってられないさ。だが御曹司が持ち掛けたのはたかだか死んでも構わないアイドルの護衛。しかも死ぬ可能性は限りなく低い。正直ぼろ儲け過ぎて笑っちまうね」
やっぱり傭兵の金銭感覚が俺にはわからん。
「オーケー。ソレでいこう。先に七千万は払う。問題が発生すればその人数に一千万を積算すればいいんだな」
「交渉成立だ。腕利きの傭兵を派遣してやるよ」
「頼む」
「にしても佐倉財閥の御曹司がアイドル如きに必死じゃないか」
「恋人だからな」
「へぇ。そりゃあ。残念だったなヒトリボッチ嬢」
「私もお兄様のことは諦めておりませんが」
そこは諦めろ。
「じゃあシクヨロ」
「ちなみに御曹司が私の夜の相手をしてくれれば半額で受けてもいいんだが」
「調子に乗るな」
「あら。フラれちまった」
「言っとくが、これでオメガターカイトのメンバーに傷一つでも付けてみろ。俺がお前を殺すぞ」
「一対一なら私でもエルフには勝てないしねえ。わかったよ。それなりに危機意識を持って挑ませ貰う」
マジで頼むぞ。
「セインボーン・サーキュラーの名に賭けて……な」
そして俺は国際ホテルを出る。
「良かったのですか? お兄様」
「相手が相手だからな。セインボーンに頼りたくもなる」
「私なら相手を消滅できますけど」
「その相手が何処に潜伏しているかもわからないだろ」
「…………そうですけど」
「セインボーンと顔つなぎしてくれただけでもアユには感謝しているよ」
「じゃあ抱いてくださいますか?」
「ハグでいいなら」
「お兄様は意地悪です」




