第145話:エンタメプロ
「どうもおはようございます。本日は御時間を作っていただきありがとうございます」
そんな感じで、エンタメプロとの交渉が始まった。既にやつれているエンタメプロの社長は、おそらくあまり寝れていないのだろう。健康そうな体格はしているが、目のクマは見れたモノじゃない。年齢的に四十と少しくらいだったか? 三十でも通りそうな風体だ。若々しいというより健康的なのがそう見える原因か。だが表情が明らかに疲れており、そこも加味すると年齢相応。
「まさか佐倉コーポレーションの社長がおいでになってくださるとは。こちらとしても困惑しきりでして……」
「いい会社ですね。手入れも行き届いていますし、不快を極力減らそうとしているのが見て取れます」
「そう仰ってくださると……」
「お茶でございます」
で、サヨリ姉と俺、社長に茶が出され、それから副社長である人物は社長の背後に立った。お盆を持ったまま。お茶が飲み干されたらお代わりを用意する気満々だ。
「それで、そちらのご用件とは?」
「率直に言います。我が社の子会社になる気はありませんか?」
「子会社……ですか?」
いきなりの買収宣言。何を言っているのか分からなかったのだろう。俺がわかったかと言われると、先に聞いていたので。
「それはウチを買収するということですか?」
「ええ。ウチに所属してください」
ニッコリ笑顔で、サヨリ姉は言いにくいことを言ってのけた。マジで俺は何でここにいるんだ。
「ちなみに、拒否する権利は……」
「もちろんありますとも」
ニコニコと笑顔で、サヨリ姉は言う。ただ問題はここで拒否してエンタメプロに未来はあるのかという話で。なにせ犯罪組織に狙われているのだ。何か恨みを買ったのか。あるいは。というわけでこのままではエンタメプロは潰れる。オメガターカイトはもしかしたらどこかの会社が拾ってくれるかもしれないが、それはエンタメプロには一切関係ない話だ。
「もちろんエンタメプロは社長の会社なので、自分だけが管理する! と仰りたいのもよく分かりますが……」
社長が立ちあげてここまで育て上げたのだ。愛着が沸くのも当然。わしが育てた、というネットミームはともあれ、我が子のように会社を愛しているのもわからないではない。
だがこのまま会社の運営に支障を来たせば問題は会社だけでは終わらない。
「我が社の子会社になってくだされば、我が社から業務委託という形で社員を派遣できます。親会社が佐倉コーポレーションになるので、他会社との連携もとりやすくなりますし、何より佐倉コーポレーションの名前が使えるというのは大きな事ではないでしょうか?」
あっさりとサヨリ姉はメリットを提示する。
たしかに子会社になれば、相手に会社を好き勝手にされる危険はある。例えばここでサヨリ姉がエンタメプロを買収して、半導体企業に職種を変更しましょうとか言い出したら、それを拒否する権利が社長には無い。いきなり社名を変えたり、あるいは社長を会社から追い出すことだってできなくはないのだ。
「ただしメリットの方も多大にありますけどね」
営業スマイルで、サヨリ姉は言う。さっき言ったように、佐倉コーポレーションの傘下に入るということは、それだけでメリット。それこそ犯罪組織でも手が出せないよな大企業であるし、そこの庇護下に入るだけでも犯罪抑止につながるだろう。法務部もレベルが高いし、赤字経営でも本社が許す限りは運営を許される。兆円単位で稼いでいる会社であるから、子会社の赤字程度では問題にならないのだ。なおかつエンタメプロは独身社長が一人で作り上げた企業。それが故にレコード会社などに侮られることもあっただろうが、佐倉コーポレーションの名前を使えば、これから対応するあらゆる会社がエンタメプロに対して舐めた態度を取れなくなる。
「ふ……む……」
提示されたメリットとデメリット。買収に応じるにはそれこそ相手を信用するか否かにかかっているわけだが。
「わかりました。我が社を買ってください。よろしくお願いします」
まさに英断といえる決断だった。とは言っても犯罪組織に狙われているのだ。このまま個人事業形態でやっていくのは無理があるだろう。
「御英断ありがとうございます。我が社はエンタメプロの発展のために全力を尽くしますわ」
やはりニッコリ笑顔のまま、サヨリ姉はそう言った。
「ちなみに、買収と仰ると……どのように?」
「株式会社なので増資しますよ。たしか資本金は二千万円でしたね?」
「え、ええ、まぁ」
「では二億円増資しますわ新株発行して私にください」
その場合、エンタメプロの資本金は二億二千万円になり、株式の九十一パーセントを佐倉コーポレーションが握ることになる。事実上の乗っ取りだ。だがそこまで含めても、サヨリ姉に会社を任せるのはメリットが大きく。
「では新株発行を優先的にお願いします。二億は即日用意しますので。ちなみに会社のマンパワーで最も不足しているのは?」
「営業ですね。場当たり的にやっていたので、引継ぎもなしに辞職されると、やはり……」
「承知しました。こちらから社員を派遣します。とりあえず二十人ほど送り込みますので、仕事について説明されてください」
「社員を送って……くださるのですか!?」
「最初にそう言ったつもりでしたが……」
むしろその言い訳のために佐倉コーポレーションはエンタメプロを買収するという話だったはずだ。
「しかしそれでは御社の社員が危ないのでは?」
「大丈夫ではありませんが、佐倉コーポレーションの社員は我が社のためなら命を捨てる覚悟を持っております」
あっさりと言っているが、あながち間違いでもない。あらゆる才能を持つ人間の不幸を救ってきたが故に、佐倉財閥は一部で救済神のように崇められており「佐倉コーポレーションのためなら命なんてナンボのもんじゃい!」という人間は一定数いる。
例えば片中サヤカの親がやっている両外建築とかがいい例。
「それは……何と言ったものか……」
正直に言って引いている。それが社長の感想だろう。だがそこまで愛される会社であれとマダイ父者やサヨリ姉が頑張ってきたから、今の佐倉コーポレーションがあるのだ。
「こっちでもレコード会社は一部噛んでいるので、そこから送り込みましょうか。もちろん本社の人間にも数名ほど。濃密に連携を取れるといいですね」
「すみません。一つだけ確認させてください。タレントの扱いはどうなりますか?」
「もちろん細心の注意を払います。特にオメガターカイトは御社の軸ですし、可能な限り安全を確保して運営するしかないでしょう」
「そう仰っていただけて光栄です。我が社ではそれもままならない状況でして」
「基本的に移動は車かヘリ。マネージャーには荒事にも対応できる人材を選出します」
「有難いお話です」
頭を下げてくる社長。追い詰められていたのだろう。社長の気持ちもわからんじゃない。
「ちなみにオメガターカイトの総括マネージャーはここにいるマアジちゃんに任せるので」
ブーッ! 俺は飲んでいた茶を吹いた。
「な? な? なん?」
「一番狙われるのがオメガターカイトだし。銃撃戦になったらマアジちゃんが一番最適解でしょ?」
「学校があるんだが」
「普段は登校していいよ? あくまで総括マネージャー。オメガターカイトの個人個人には兼任で数人マネージャーは付くし、それを統括すればいいだけだから」
「学生なんだが」
「レッツ青春。オメガターカイトのマネージャーになれるんだよ?」
まぁ確かに。




