第142話:崩落のすぐ近く
ピロン。
「「「?」」」
ルイとタマモ。それからサヤカのスマホが同時に鳴った。
「……何?」
そのメッセージを読んで困惑する三人。俺はスマホを覗き見ているわけでもないので、もくもくと米を食う。やはり米こそ至高の炭水化物。そういや穀物メジャーって米まで支配しているのか? 麦とトウモロコシは支配しているだろうが。
「えーと……」
全員が呼んだメッセージに困惑していた。何かあったのか聞くべきか?
黒髪を紫に反射させながらルイが言う。
「事務所に脅迫文が来たんだって」
「…………へー」
それ、俺が聞いていいニュースか?
「…………警察に案件を持ち込むみたいで……今日と明日は外出を自重しろとのことですね」
「サヤポンたちはお兄ちゃんの部屋で遊んでいればいいんだから楽だよねー」
脅迫状……ね。と、すると。
「昨夜未明。エンターメイトプロダクションに脅迫状が送り届けられる事件が……」
学校でのこと。俺はニュースサイトを見て、朝のルイたちの言葉が偽りなしと確信するに至った。もちろんエンタメプロはすでにコレを警察に報告。事件として取り扱い、ニュースも大々的に報道。脅迫内容までは公開されていなかったが、俺はルイたちから聞いていた。営業を取りやめろという話だ。エンタメプロは中堅企業で、その収入のほとんどはオメガターカイトが支えている。そこの営業を止めろというのは数億単位の利益の喪失に等しい。もちろん止めるわけがないだろう。と、すると。
「オメガターカイトヤバくない?」
「エンタメプロの件だろ?」
「今日杏子ちゃん登校して……ないよな?」
「じゃあニュースガチか」
そういうことになる。どこの酔狂がオメガターカイトを潰したいのか知らないが、まさか既に日本市場に影響を持つオメガターカイトがここで営業停止は企業として有り得ない。
「俺ルイちゃん推しだからさ。このまま活動自粛とかなったら困るぜマジで」
「俺はタマモちゃん推し。あのおっぱいが見られないなんて思春期の終わりだろ」
…………。
……………………。
………………………………。
教壇前の一番最悪な席につきながら、俺は脂汗を流していた。こんな下着ドロボーで名を売った陰キャでボッチの俺と、ルイとタマモが付き合っているとか知ったら漫画版デビ〇マンのヒロイン並みに血祭りにされかねない。とはいえ活動自粛はあり得ないだろうが、二日三日は様子を見るだろう。ウチのマンションはセキュリティの高いし万が一は無いと思うが、十万が一くらい有り得ると危険かもしれない。
「ルイちゃんが見られないなんて地獄だ」
「タマモちゃん。愛しているよー」
ここは嫉妬するところか?
「アワセちゃんの可憐さとかマジ尊み」
「イユリちゃんとサヤカちゃんのカップリングとか先週のラジオ聞いたら正義だろ」
なんだろう。この教室にいるだけで罪悪感を覚える環境は。
「はい。席につけー。ホームルーム始めんぞ」
そんなわけで教師が入ってきて、ホームルーム。俺は授業を受けて、そのまま勉強漬け。昼休みはゴボウ天ウドンをいつものようにすすっている。
「ここ、いい?」
「構いはせんぞ」
「じゃあ失礼」
俺はもはや定位置の隅っこの二人掛けの席で一人ゴボウ天うどんをすすっていて、だいたいこういうときは杏子が相席するのだが。今回に限り、相手が違った。
「不俱戴天の仇じゃなかったか?」
「あんたが一番うるさくないのよ」
ソバをすすりながら、毒島さんがあっさりとそう言った。既に周囲の俺たちを見る視線は嫌悪そのもの。囁かれる言葉もまた。
「俺は別にいいんだが。毒島さんは俺に何とも思っていないと」
「語るに落ちているわね」
どこがよ。
「角夢さんより可愛いっていう枕詞をあんたは使わないでしょ?」
「あんま人を嫌うのって苦手でな」
平和主義というわけではないが、あんまり人を憎むことは俺には難しい。杏子に関してもなあなあの関係になっているし、杏子をイジメたとはいえ毒島さん本人に思うところも無い。
「ご馳走様でした」
俺がゴボウ天うどんを食って合掌すると、ガツンと足を踏まれた。もちろん対面の毒島さんだ。
「足踏まれているんですけど」
「飯食ったからって去ろうとしないでよ」
「ナゼェ……」
「防波堤になって。侮蔑の視線受けながら飯食うと食欲わかないの」
「俺がいても変わらないだろ」
「清涼剤くらいにはなるわよ」
「何か香りを提供しようか?」
「アロマでも持ってんの?」
「似たようなもんだな」
「じゃあリラックス効果の有る奴」
「ハーブでいいか」
飯食ってるので、あくまでほのかに。さすがにここで強烈に匂いを焚いたら、せっかくのソバが台無しだ。かすかに香る程度のちょっとしたアロマテラピー。
「本当に持ってるんだ。香り」
「中々な」
まさか原理を言うわけにもいかないし。言い訳用に水の入った小さな容器を見せていた。中に入っているのは真水で、まったく香水ではないのだが、香りの出どころを聞かれると面倒なので、あくまで香水という体裁を保つ必要がある。
「そういやエンタメプロで事件だってね」
「杏子も学校に来てないしな。ガチだろ」
「そうね」
「それだけか?」
「オメガターカイトが活動見送りになって嬉しい……とか言えばキャラが立つ?」
「と、俺は思っているわけだが」
「最近人を嫌いになるのもカロリーを消費するって学んだのよ」
ある意味で真理だ。在校生から散々に嫌われて、その意味するところを知ったのだろう。
「ねえ」
「なんでしょうか?」
「名前呼んで」
「毒島さん」
「…………」
「何か言えよ」
間違ったことしたか? 俺。
「いや、あんたは無害ね」
「人畜だからな。ところでいつまで足踏んでいるつもりだ」
「私がソバを食べ終わるまで。付き合いなさいよ。責任取って」
何もしていないんだが。たしかに俺は「角夢さんより可愛い毒島さん」という皮肉は言っていないが、それだけで心を許されても微妙なんだが。




