第141話:世の中は融通が利かず
「あーッッッ!!!」
俺のスマホを弄りながら、ルイが突然叫び声をあげた。俺のスマホを弄っている時点でどうよという話ではあるが、桃野さんとの関係を保つためにはルイにとって俺のスマホは必須ツールで。
「マアジの浮気者~」
「せめて文脈をはっきりしてから糾弾してくれ」
「今度ヲヒメちゃんとデートするって許諾しちゃった……」
しちゃったんかい。まさに自業自得だろそれ。
「っていうか、なんで許可したので」
ルイと桃野さんは結構二次元の領域が近いしらしく、俺のスマホを経由して盛り上がっている。それでいいのかとは思うが、俺がメッセを打つと秒で破局するので、ルイが緩衝材にはなっている。そもそも俺はルイとタマモ付き合っているし、サヤカとイユリとアワセとリンゴに想われて、杏子と不倫しているのだが。冷静に事実を羅列すると終わっているな……俺の環境。
「ヲヒメちゃん可愛くて……」
「乙女顔で最近バズってるよなー」
最初から可愛かったけど「今は更に推せる!」というファン続出だ。桃野ヲヒメのアイドルとしての価値はさらに高まったと言わざるを得ない。ルイ曰くメス顔らしいが。まぁルイにソレを言われるのは桃野さんとしても不本意だろうが。
「なんでデートするのよー」
「わかった。俺から断っておく」
「それはダメだぞー」
「ナゼェ」
そもそも俺はルイとタマモがいれば大丈夫なタイプだぞ。この際オメガターカイトは考えないとしても、今更ディーヴァラージャに想われても「そうですか」以上の感情を持っていない。
「ヲヒメちゃんが可哀想」
「そこまで感情移入するなら、俺のスマホを使うの止めろ」
「そりゃ最初は嫌がらせだったけどー」
俺のフリをして桃野さんをからかっていただけ。だがログを読むに桃野さんは俺のことが真剣に好きで、その想いを俺のことが好きなルイが共感しないわけもなく。
「絆された、と」
「だってヲヒメちゃん真剣にマアジが好きなんだもん! 絆されるってー!」
「一応言っておくけど、俺は何とも思ってないぞ?」
「ボクが想ってるぞ~~~~」
中々難儀な問題だった。
「ちなみにキスするとしたら……マアジ的にはあり?」
「なし」
「ボクがいるから?」
「そりゃな。いきなりルイとタマモがトラックに轢かれて意識不明とかじゃないと逆転の目は無いんじゃないか?」
「マアジがボクを好きなのは知ってるけどー」
それで絆された自分の気持ちが肯定されるわけでもない……と。
「SNSで好き好き言ってくるんだぞ? 悪い気しなくない?」
「言ってる意味わからんじゃないが」
そんなわけで、桃野さんとデートすることになり。当日はルイは仕事があるので不参加。代わりにタマモが後をつけているというかストーカーしているというか。
「えへへ。佐倉さんが応じてくださって嬉しいです」
「あー。そのー」
「最近ネットでもいい感想を貰えてですね」
乙女爆発ヲヒメーンみたいな二流ロボアニメのタイトルが合致するバズリ方をしているのは知ってる。
「ディーヴァラージャの人気にも貢献出来て。嬉しいです」
「やっぱりオメガターカイトを超えるって言ってたのは……」
「ガチですよ」
俺を推し変させる。佐倉マアジの推しをディーヴァラージャに……もっと言えば桃野ヲヒメに固定する。
「難しいと思うけどな」
「今アゲアゲですよ。ディーヴァラージャ」
「知ってはいるが」
で、何をしているかといえば、俺は桃野さんとお茶をしているのだ。とある喫茶店で、桃野さんの奢りで。付いてきているタマモには悪いが、これ以上何も起こらないぞ。ディーヴァラージャについて語りながら、俺のテンションはあまり高くなく。オメガターカイトについてなら日が昇るまで語れるが、他のこととなるとな。
「私は佐倉さんが大好きです」
「お気持ちは有難いんだが」
「キスしてくれませんか?」
「ナゼェ」
「そしたらもっと魅力的な笑顔が出来ると思うんです。今以上に乙女になれると思うんです」
「ライブの時は俺を見つけて輝いていたもんな」
「つまり私は佐倉さんがいればどこまでも登っていけるんです」
そこはまぁ頑張ってくださいとしかいえないわけで。
「キスするだけです。ちょっと唇で唇にタッチするだけです」
「ファンに見られたスキャンダルだぞ」
「一緒に破滅しましょう」
そういうのはお断りで。
「私、佐倉さんとならどこへでも落ちていけそうなぐぇえ……ッ」
なんか語尾がアイドルの出しちゃいけないような悲鳴だった気がするんだが。と思っていると、桃野さんの首に何か糸めいたものが巻き付いていた。とはいえ目に見えるだけの太さを持っているという時点で彼女にとっては妥協の産物だったのだろうと、後刻俺は認識を改めるのだが、それはそれで未来のことでしかなく。
「…………」
「ぐぇぇええぇ」
俺がコーヒーを飲みながら、この状況をどう打開するか悩んでいると。
「貴様……アイドルが恋愛していいと思っているのか」
分厚いコートにフード。仮面をつけた不審者が凛然としてそこにいた。
「誰ぇ……っていうかぁ……なにぃ?」
「アイドル恋愛粛清仮面! 御法度リリン!」
今更誰なのかを誰何するのはまさに今更で。
「ディーヴァラージャの桃野ヲヒメ。彼からは手を引け」
「なんで……ぐぅ……不審者に……そんなこと……」
繊維を操るオーバリズムのリンゴにしてみれば、殺さずに首を絞める程度の太さの繊維であればむしろ良心的。彼女がその気になれば桃野さんの首は胴体と泣き別れしている。
「推しに代わっておしおきよ!」
その決め台詞は忘れないのか。
「引け。ここは俺が預かる」
そのまま命の危機を察して逃げるように去っていく桃野さんには何も言わず。
「もうちょっと登場はどうにかならんか?」
「影救世躯体のお前を光堕ちさせるのが俺の使命だからな。いい加減絶黒を見限れ」
見限るも何も、絶黒なる組織は存在しないんだが。
「お前は俺だけ愛していればいいんだ。そのお前に光を見せるのはこの俺の使命だと心得ている」
タマモに引っ付いてきたんだろう。そのまま俺と桃野さんの睦言に我慢できなくなって介入した……といったところか。仕方ないのでタマモとリンゴと一緒にお茶を再開する。ところでタマモ的にはどうなんだ? 俺と桃野さんの関係について。




