第137話:きっと俺はドルオタで
「法被と鉢巻。一セット」
今日はディーヴァラージャの新年初ライブ。俺は売り場で気合を入れて、グッズを買っていた。もちろん俺の推しはオメガターカイトなのでディーヴァラージャに靡くことはないが、それはそれとしてライブを楽しむために労を惜しむつもりはない。
「ボクにも一つだぞ」
「…………あたしにも」
ルイとタマモも法被と鉢巻を買っていた。もちろん帽子を目深に被って、眼鏡をかけているので、彼女らがトップアイドルだと知っている人間はこの場には俺しかいない。そもそもディーヴァラージャのライブにオメガターカイトの二強が来る意味が分からないだろう。そうして観客スペースで立ち尽くして待っていると、バンッと照明が落ちる。そこで客がざわつく。俺もちょっと息をひそめた。それからステージに照明がついて、いつの間に、というほど即時的ではなかったが、暗くなった内に配置についたのだろうディーヴァラージャが現れた。それからどうしていいのか俺が悩んでいると。
「つまずいた日もあるよね♪ 涙こらえた夜も♪」
「だけどキミは立ち上がって♪ 夢をあきらめなかった♪」
いきなりディーヴァラージャは歌いだす。ディーヴァを名乗っているだけあって、グループメンバーは歌が上手い。ただルイの声の伸びはこんなものじゃないのだが。そこでワァァァッと観客がどよめいて、そのままテンションが上がってライブが始まった。
「曇り空の向こうにはきっと光が待ってる♪」
「その笑顔、信じていて、ずっとそばにいるよ♪」
いきなりの歌い出し。いきなりのパフォーマンス。でもキレッキレにディーヴァラージャは踊る。そのダンスの中で俺が応援している桃野ヲヒメは、歌っている最中に俺と目が合った。そしてどうなったかというと。
「キミの明日が輝くように♪ この歌を風にのせて♪」
さらにダンスがキレだした。
「悩んで、迷って、それでも進む♪ キミの強さが希望になる♪」
どう見ても彼女は俺を見ている。俺も法被を着て、鉢巻を巻いて、ピンクのサイリウムを振って応援する。このとき俺と桃野さんはあきらかに同じ宇宙にいた。
「ひとりじゃないよ♪ いつだってキミの味方だよ♪」
そうして一曲目が終わる。
「こんにちはー! 今日は来てくれてありがとー!」
「「「「ディーヴァラージャです!」」」」
ディーヴァラージャのメンバーが四人でウィンクして、指鉄砲を観客に打つ。
「新年最初のライブだね!」
「私勝負パンツ穿いてきたよ」
「ちょいちょい。レーティング守って」
そこで客がどっと笑った。俺も笑った。ここでは悪ノリも笑顔の一つだ。
「新年最初のライブってことで気合入れてきたけどさ。みんな新年の目標ってある?」
リーダーだったと記憶している。波佐見リオが話をすすめる。
「まぁそりゃ、ドームライブとか?」
「もっとディーヴァラージャを人気にしたいよね」
「わかる。国民的になりたいじゃん?」
マイクパフォーマンスが飛び出して、ステージの上で会話が続く。俺的にはそれだけで尊いのだが。マイクパフォーマンスもしながら、けれど桃野さんの視線は俺をチラチラと見ている。そのことを観客の中で俺だけが自覚していた。彼女は俺が気になるみたいだ。このライブで俺を推し変させたいとまで言っていたんだから、そりゃそうかって感じではあるけども。でも俺にとってはオメガターカイトが特別で。なのになんでディーヴァラージャのライブに来てんだって話でもあって。
「ヒメっちの今年の目標は?」
話が桃野さんに振られる。そこで彼女は少しグッと喉を鳴らして、何かを覚悟するような顔をした。別にそれを俺はなんとも思っていないが、彼女が俺を見たのは現実で、真実で、事実で。
「私もディーヴァラージャを人気にしたいよ!」
当たり障りのないことを言う。ここまでは。
「いいねぇ。いいねぇ。もっと盛り上げていこうよ。具体的には?」
「そーだなー」
と、いったん悩んだふりをして。
「じゃあ目標!」
ビシッと、桃野さんは観客を指差す。ここで俺を指名しないのは良心があるから故だろう。けれど続く言葉は俺に向けられていた。
「オメガターカイトより人気になる!」
「「ほう」」
あまりといえばあまりの宣言に、俺の両隣にいるルイとタマモが低い声を出した。たしかに桃野さんにとってはオメガターカイトが邪魔で、俺の推しが自分になるためには、ルイもタマモも蹴っ飛ばさなければならないのだろうけども。
「ちょいちょい。そこはうちの事務所のドル箱じゃないの?」
波佐見リオが言葉を挟んでくる。そこでやってしまった、みたいな顔になった桃野さんは。
「あ、それでもいいんだけど。なんとなく昨日オメガターカイトの動画見ちゃって」
フォローするようにそういう。
「あー。そういう。たしかに敵を知り己を知れば百戦危うからずだね!」
「そそ。別事務所だけど、立派な競合っていうか」
「いいじゃん。オメガターカイトを超える。それも努力目標としては悪くないじゃん?」
「見ていろエンタメプロ! 私たちが追い越すぞ!」
「だから別事務所の名前をですなー」
そんな感じで話が進んでいき、二曲目に入る。俺もいったん会話は忘れて、ディーヴァラージャの応援に戻る。けれどそこで意外なことが起きた。
「――――♪ ――――♪」
桃野さんの表情が輝きだしたのだ。まるで恋する乙女のように、その笑顔がキラキラに輝いて、それに気づいたファンたちが一人、また一人と引き込まれていく。歌も踊りもキレッキレで、そのパフォーマンスに桃野さんはテンションを上げていく。
「「「「「ッッッ!!!」」」」」
桃野さんを応援する声がひときわ高くなった。ただでさえアイドルとして可愛い顔の桃野さんが、まるで恋する乙女のような表情をすれば、それはそれで無敵で。このままディーヴァラージャの中で勢力図が書き換えられるのでは? と危惧するくらいには彼女は魅力的だった。ピンクのサイリウムを振っている俺が言うことじゃないかもしれないが、現時点では桃野さんがディーヴァラージャの中で一番可愛い。顔は同じレベルでも、その表情がとても推せる。
「ヲヒメちゃーん!」
そのアイドルの覚醒に興奮冷めやらぬ俺は、思いっきり桃野さんを応援していた。ピンクのサイリウムを振りに振って、一生懸命テンションを上げる。それがディーヴァラージャのライブに来た、俺の使命だと思うから。
「なんかヲヒメちゃん可愛くね?」
「マジマジ。マジで推せる!」
「ちょっと今日のヲヒメちゃん輝いてるって!」
「とてもてぇてぇ!」
「俺……推し変しようかな……」
既に今のライブは桃野さんが支配していた。俺を見て恋する乙女になるのはいいんだが、その乙女顔が他のファンを引き込むというのは俺としては微妙というか。もちろん俺と視線が合って乙女面してくれるんだからありがたい話ではあるんだが。なんというか。
とはいえやることは変わらない。ライブの最後まで桃野さんを応援するだけだ。
「ありがとうございましたー!」
そうしてライブは終わる。それから客の帰りに、ディーヴァラージャの握手会。さすがに雑談できるほど一人一人に時間があるわけじゃないけれど。
「メスの顔してたぞ」
「…………やっぱりディーヴァラージャといえどメスですね」
まさにお前が言うなの典型例。ルイとタマモにだけは言われたくないだろう。とはいえもちろん俺が握手をするのは桃野さん。ルイとタマモは顔バレを恐れて帽子を目深に被っての握手だが。




