第132話:角夢さんより可愛い
「…………」
放課後のホームルームが終わると、そのまま図書室へ。そこで意外な人物と出会った。毒島さんだ。およそ図書室と縁があるとは思えない人選だったので、俺はちょっと驚いた。
「…………何?」
「いや、悪口になるけど意外だなって」
「私が図書室にいちゃいけない?」
「もうちょっとキャラ造形を考えると、放課後はクレープ食べながら自撮りしていて欲しかった」
「私の名前呼んでみて」
「毒島」
「…………」
何か言えよ。リクエストに応えてやっただろうが。
「……ッ……ッ……ッ」
だが毒島は何も言わず。ただボロボロと泣きだした。
「えーと……」
まさか名前を呼ぶだけで泣かれるとは想定外で、俺はちょっと狼狽える。そもそもだが俺に名前を呼ばれたくないならさっきのフリは何だ。オチにもなってねえ。
「ごめん。意味わかんないよね」
「わからん……わけじゃないが」
知らないふりをしてはいるが、俺は別に毒島さんの校内での扱いを知らないわけじゃない。文化祭からこっち、彼女の名前には枕詞がつくようになった。
曰く「角夢さんより可愛い毒島さん」
朝登校すると「おはようございます角夢さんより可愛い毒島さん」と挨拶され、廊下をすれ違うと「さすが角夢さんより可愛い毒島さんですね!」と言われ、放課後のホームルームが終わると「角夢さんより可愛い毒島さん! また明日!」と別れを切り出される。
『角夢さんより可愛い』……という枕詞が毒島さんには付くようになった。自分の方が杏子より可愛いという妄言を皮肉った形だ。なので既に毒島さんにとって今の学校は地獄だろう。このままでは卒業まで「角夢さんより可愛い毒島さん」と言われ続ける。とはいえ、転校と言うのも難しい。親にどう説明するのかは、まぁ考えるだけでも俺も胃が痛くなる。
「あ、角夢さんより可愛い毒島さん! 本読むんですね! さすが角夢さんより可愛い毒島さん! 教養まであるなんてすごいなぁ! 角夢さんより可愛い毒島さんは知性までもが凄いんですね!」
嬉々として皮肉を放ったのは悪意を悪意と捉えていない一人の男子生徒。そうして散々皮肉った後、本を借りて帰っていった。
「と、こういうわけよ。笑っていいわよ」
「わははは……はは……」
言われた通り笑ったが、あまり長くは続かなかった。
「もういいや。どうでもいい。私が死んだら……笑い取れる?」
「引くと思うぞ」
「あなたも?」
「俺は正にどうでもいい」
「そっかー」
毒島さんは、虚ろな目をして自殺を検討していた。
「どうしてこの世はこんなにも生き難いの?」
「さぁ、今の俺はハッピーだから、お前の気持ちはわからん」
「あんたがここまで追い込んだんでしょ?」
「冤罪だ」
根源かもしれないが、俺の意図するところではなかった。
「角夢さんより可愛い毒島さん……でしょ?」
「俺は一言も言ったことないがな」
「それを嬉しいって思うのは……間違ってる?」
「皮肉に耐えられないなら、皮肉を言うなよって話で」
「ソレを分かっていなかったから、こんな目に遭ってるんでしょ?」
「否定も難しく」
そもそもなんだ?
「図書室登校か?」
「どんな顔して教室にいろっていうのよ?」
たしかに。あの皮肉を聞きながら教室にいるのは至難の業だ。俺は下着ドロボーと言われ続けながら教室いたけど。
「転校するのか」
「したいけどさ。親に説明も無しに? 高偏差値の進学校止めて通信制に行きたいって?」
言えねー。たしかに。
「どうしたものか」
悩みつつ、こういうことはサヨリ姉とかが得意なんだよなーとか思いつつ。さすがにアユみたいに俺より年下なのにMITに行っている異次元とは会話できないとしても。
「じゃあ此処と同じくらいの偏差値の進学校なら親も納得するんじゃないか?」
「編入試験用に勉強とかしてないし」
「じゃあ、しろ」
叩きつけるように俺は言う。
「勉強できないと死ぬの?」
「流石にそこまでは保証できねーよ」
馬鹿でも生きられるような社会を作るのが政治家の役目だとは思うが。そのためには高学歴が四苦八苦しなければならないというこの矛盾。
「別に偏差値で人生が決まるわけでもないし。もうちょっと肩の力が抜けるところでもいいんじゃねーのとか思うだけ」
「あんたでもそんなこと言うんだ」
「人間だからな」
この世に完璧なものがあるなら、それは無垢なる魂にも似て。
「――――緊急です」
「何か鳴ってるわよ」
「知ってる」
スマホを取り出して、俺は示されている座標を確認。図書室で毒島さんにヒラヒラと手を振って、そのまま座標位置へ。
「佐倉くん♡」
待っていたのはもちろん杏子で。誰も通らない特別棟の女子トイレの。その個室で杏子は待っていた。
「ねえ。興奮してます?」
蠱惑的に微笑む杏子。
「端的に言えば期待もしてる」
だから、俺も正直に言う。
「えへー。私のパンツで抜いてね?」
すでに脱がれているパンツを、俺の頭に被せてくる。はたから見たらスゲー酷い絵面。けれどそれが杏子の本気で、性癖で、アイデンティティなのだ。
「佐倉くんのパンツも頂戴?」
「男のって嬉しいか?」
「佐倉くんのだから嬉しい」
まぁやらないんだけど。ここで脱ぐわけにもいかんし。
「ねえ。破滅しちゃおうよ。ここで。私と」
俺はプニッと杏子の鼻をボタンの様に押した。
「オメガターカイトに迷惑がかかるからダメ」
「じゃあ引退するもん!」
「オメガターカイトに所属していない角夢杏子に価値があるとでも思ってんの?」
「う……ぐぅぅぅ……」
「なわけで、パンツ穿け」
俺の頭に被せられているパンツを、というつもりだったが、既に杏子は短パンを履いていた。体育で使うアレ。あれ? そうするとこのパンツは? 俺が持って帰るのか?
「使った後洗濯しないで返してね♡」
ガチか?