第130話:可愛い嫉妬
「マ・ア・ジぃぃぃぃ?」
俺のスマホを握って、ルイが迫ってきた。画面はSNSで、そこにはとあるアカウントが接続している。名前を桃野ヲヒメというその人は、そこそこ売れているアイドルグループ……ディーヴァラージャのメンバーで、最近俺と知り合った。連絡先を交換しましょうと言われてホイホイ交換した。で、さすがに報告義務ありきだと思ってルイとタマモに伝えるとSNSでの交流禁止令を出された。
「束縛系彼女か?」
とも思ったが、ルイとタマモにとっては気が気じゃないのだろう。最近は俺のスマホを使ってルイが桃野さんと連絡を取り合っている。ちなみにどういう会話をしているのかはログを見ればわかるが、生憎と生産的なことはやりとりしていない。まさか桃野さんもSNSで応対しているのが俺じゃなくて黒岩ルイとは思ってもいないだろう。さすが「黒い悪い」といったところ。
「この子、ちょっと可愛いぞ」
で、青春でもないのに飛び出たルイの言葉は俺にとっては意外で。
「可愛い?」
「結構オタクというか。週刊少年跳躍の『俺、悪魔の実食ったけどとりあえず伝説の宝目指して海に出たら海賊王になっていた件』の読者で」
うん。言いたいことはわかるが怒られないか? そのマンガタイトル。
「やっぱゴミゴミの実のゴミ人間に成ったゾフィの活躍がたまらないらしく!」
「やっぱ女子でも人気高いのか?」
「そりゃ最大手でしょ。知らない奴は日本国民じゃないぞ」
それは納得。
「で!」
はいはい。
「ゾロウ×ヨンジがオススメらしく!」
「お前……」
俺のアカウントで何語ってくれとんじゃ。別に俺は腐男子ではないが、このままだと女子とボーイズラブの話で盛り上がった男認定されるというか……すでにされているというか。
「で。わかりみ。アレいいよね。って返すと超語られて。好きになっちゃったぞ」
腐女子なんだよなぁ。思考が。
「同担拒否とかないわけ?」
「別に?」
さいでっかー。しかもそれを俺のアカウントでやっちゃうお前の肝が凄い。はれて俺は桃野さんから腐男子認定を受けたわけだが。
「で、デートしませんかって来たんだけど」
「断っていいぞ」
俺は別にって感じ。ディーヴァラージャのメンバーと関係を持つつもりは俺には無くて。一応調べたりはしたのだが、思ったより売れているっぽい。そんなところが俺と交際とかスキャンダル以外の何物でも無くて。じゃあ目の前で俺のスマホ握っているルイが何なんだと言われると、俺も何だろうとしか言えない。
「ハイゾフィもいいよね」
「佐倉さん鋭角なところを攻めてきますね」
「ゾフィは受けだと思うんだよ」
「それはちょっとわかります」
などなど。俺の認知の外で恐ろしいコメントがやり取りされている。
「ルイ的にはディーヴァラージャってどんなイメージなんだ?」
「大手事務所の二番バッターって感じ」
「犠牲バントで出塁させるための立場か?」
「チームとしては必要だけど、四番バッターほど花が無いというか」
まぁわかる。大手の事務所なのでドル箱のアイドルは存在するし、そう言う意味では競合に勝っているとはいいがたい。それでも黒字にしているだけ、事務所としても有難いのだろう。ポテンシャル的には国民的アイドルになれそうなんだが、世間の評価はいま一つ。
ソレで言えば、中堅企業であるエンターメイトプロダクションのドル箱であるオメガターカイトとは結構対照的。俺はオメガターカイト推しだが。
「デートはごめん。予定があってさ」
「オメガターカイトですか?」
「いや。そうじゃないけど」
「なんならディーヴァラージャのライブ来ませんか? チケット押さえておきますよ?」
「マジでッ!?」
と、最後の「マジで」はルイの独白。ただし大声。
「行っていいの?」
「え、はい。もちろん。佐倉さんにディーヴァラージャを好きになってもらえれば嬉しいです。私が推しになったりして♡」
「じゃあ三枚用意して。友達といくから」
おい。ルイ。さりげなく自分とタマモの分を用意させるな。
「あ、お金は払うから気にしなくていいよ」
「え、じゃあ会う理由が出来ましたね♡」
桃野さんもコメントに♡をつけるな。
「チケット三枚。いくら?」
「一人五千円ですね」
やはしそれくらいはするか。大手の事務所所属のアイドルだし。それで言ったらオメガターカイトなんて一万超えるしな。それでも買わざるを得ないのがドル豚の悲しいところだが。
「一人五千円ね。了解。じゃあ今度会おっか。待ち合わせ場所は何処にする? 俺的には喫茶店がいいんだけど」
まさに俺がコメントしているように自然にデートに誘うルイ。彼女としても桃野さんとの会話は面白いらしく。最初は嫉妬していたが、数日コメントをやり取りして、桃野さんを嫌いにはなれなくなったらしい。ただしそれは俺が彼女に無関心であることを前提にしているのだろうが。
「じゃあ今度の週末デートですね♡」
「よろー」
そうして悪夢のSNSは終わった。俺はガシッとルイの頭部を掴む。
「誰がデートしていいって言ったよ」
「いや、ヲヒメちゃんのマアジ好き好きオーラが健気で」
「…………んー? ……何か?」
で、彼シャツを着てノーブラのタマモが風呂からあがってきた。バルンバルンと揺れる爆乳はもはや暴力だが、俺は水の呼吸法で凪を保つ。ちなみに下はパンイチ。それも黒。
「マアジがヲヒメちゃんとデートするって!」
「…………マアジ」
「まさしく冤罪だ」
俺はルイのコメントを差し出した。ルイとタマモは俺のSNSを見ることを許可されている。俺としても別に浮気する必要も無いので、彼女らにはオープンに接しているのだが。
「…………ディーヴァラージャのライブ……ですか」
「そそ。面白そうじゃない?」
「…………行きたいです」
「決まりだぞ。マアジ。三人分よろしくね」
用意するのは桃野さんだがな。
「…………ルイはマアジがヲヒメさんとデートするのはいいので?」
「良くないに決まってるじゃん」
そこは譲らないのね。俺としても公認されると愛を疑いたくなるので、そこは安心。
「だからタマモ。変装してマアジとヲヒメちゃんのデートを追跡しない?」
「…………それは……面白そうですね」
「でしょ? ボクたちのマアジが浮気しないか、デート追跡だぞ」
「ちなみにそれを俺の前で言うのはありか?」
「どうせバレると思うし。それに言わなくてもマアジは浮気しないぞ」
「信頼…………されてんのか?」
「もち」
「ロン」
何翻だ。役満じゃないだろうな。