表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

129/139

第129話:とあるアイドルの憂鬱【桃野ヲヒメ視点】


「…………」


 ダンスレッスンのあと、私は練習部屋の片隅でスポドリを飲みながらホケーッとしていた。アイドルとしてはそこそこ売れているディーヴァラージャというグループの所属が私で、芸名は桃野ヲヒメ。ファンからはヒメちゃんとかヒメっちとか呼ばれている。アイドル事務所としては大きなところに所属しているけど、経済的にはそこそこプラス程度の経済利益だ。そうだと社長から聞いたわけじゃないけど、なんとなくわかる。圧倒的に売れているアイドルグループは数十億とか普通に稼いでいて、私たちは数千万程度。比べるのもおこがましい文字通りの桁違いだけど、それでも利益が出ているからアイドルを出来ているというのも現実で。


「はー」


 もちろんアイドルなんだから恋愛は禁止。私のファンにだってガチ恋勢はいて、私が握手をすると嬉しそうにはにかんでくれる。ソレを裏切る真似は出来ないんだけど。


「はー」


 語彙が死滅して何とも言いようがなかった。


「なに? 何か悩みじゃん?」


 隣に座ったギャルっぽいメンバーが声をかけてきた。同じスポドリを飲んでいて、私が心ここにあらずなので心配してくれているのだろう。


「相談なら聞くけど」


「あー、そのー」


「はいはい」


「わたくし恋をしてしまいまして……」


 飲んでいたスポドリを吹き出して咳込むジュリちゃん。越冬ジュリ……というのが彼女の名前だ。私的には事実を言っただけだが、ジュリちゃんには愕然とするらしい。


「…………ガチ?」


「ガチガチのガチ」


「ええ? でも……」


 アイドルは恋愛禁止。そんなことは知っているけど、この恋心は確かに本物で。声が密やかになりながら、ジュリちゃんは聞いてくる。


「ちなみに芸能人?」


「ただのドルオタ」


「ファンに恋をした……ってこと?」


「私がアイドルだって知りもしてなかったなぁ」


 それが私には悔しい。そこそこ売れている自覚があったので、相手も知っているものだと思っていたけど佐倉さんは私のことなんてミリ知らだった。


「どこであったの」


「オメガターカイトのライブ」


「で……惚れたと」


「そゆこと」


 コックリ頷くと、あちゃーとジュリちゃんは頭を抱えた。


「あのさ。分かっていると思うけど」


「ウチの事務所は恋愛禁止」


「わかっているならいいけどさぁ」


「ううん。多分…………わかってない」


「ガチ恋?」


「リア恋」


「そんなにカッコいいじゃん?」


「神」


「神かぁ」


 それはどうしたものか、とジュリちゃんはホケッとする。


「なわけで、アイドルしながら恋愛ってあり?」


「常識論で言うなら無しだけど。多分そんなことが聞きたいわけじゃないじゃん?」


「うん。まぁ」


 佐倉さんのことを想うと胸がドキドキする。これを否定する方が心は軋みを覚えるのだ。


「でもドルオタなら告白したら即オチじゃない?」


 だよねー。私もそう思ったんだけど、なんか佐倉さんって奇妙な余裕があるんだよね。


「恋人がいるとか?」


「いないって言ってたけど……」


「アイドルに声かけてもらったから誤魔化している可能性は?」


「私がアイドルって知ったのが後のタイミングだから、それは無いかな」


「ゲイ?」


「あれだけ顔がいいと、むしろありえそうで怖い」


「まぁヲヒメが神っていうくらいカッコいいんだから、顔は整っているんだろうね」


「付き合いたいなー」


「連絡先交換したの?」


「一応」


 私のスマホには佐倉さんの番号が入っている。それだけで嬉しくなれる私は単純だ。


「私が付き合ったら怒る?」


「応援は出来ないけど……でも止めて止まるとも思えないじゃん?」


「せめて事務所には黙ってて?」


「いいけど。次はいつ会うの?」


「未定」


「ディーヴァラージャの桃野ヲヒメって伝えたんだよね?」


「もち」


 ウチの事務所は大手だし、情報は結構散乱している。調べるだけでもそこそこ認知されるだろうし、動画も上がっている。


「でもさ、恋ってそんなもんじゃん? 映画とかでは」


「ジュリちゃんはしたことないの?」


「ファンが恋人だから」


 何ソレカッコいい。私もそんなこと言いたい。


「ヲヒメが後悔しない手法を取ればいいと思うよ」


 そんな応援が一番惚れる。


「アイドルは止めたくない」


「でしょうね」


「でも佐倉さんとも恋人になりたい」


「いいじゃん?」


「つまり。隠匿恋愛?」


「ヲヒメにはそれしかないかもね」


「次の休みっていつだっけ?」


「デートに誘うつもりか」


「へ、変装はするから」


「桃野ヲヒメがねー。ヲヒメのファン大号泣だと思うよ?」


「感動で?」


「哀惜の慟哭じゃん。もしくは断末魔の悲鳴」


 すでに私がガチ恋をしているということがファンを裏切っている何よりの証で。でも、だからアイドルが恋しないというのは一体どういう理屈だろう。アイドルだって人間なんだから恋をすると思うんだけど。


「ちなみに誰にも言ってないよね?」


「言えるわけないよ」


「私くらいにしといてね」


「ジュリちゃんは認めてくれるんだ」


「だから認めてないって。アイドルは恋愛禁止。そこは私も譲らないから。ただそんな常識論をヲヒメが期待してないから、言ってもしょうがないって思ってるじゃん」


「大変だね」


「恋しているヲヒメほどじゃないけどね。好きピの写真とか無いの?」


「写真は断られて」


「そっかー。もしかして私も惚れるかもとか思ったんだけど」


 ありえそうで怖いから止めてくれる? 佐倉さんは私のモノです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
えっ、一目惚れしたってこと? でも既に…この先、どうなる事やら。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ