第127話:正月の行事
「はぁ」
冬休み。ついで年を跨いで。年越しソバは恋人と食ったが、おせちは食えなかった。さすがにアイドルも正月は休みなのか。新年最初の「オメガターカイトの青春は愛より出でて愛より青し」は後で見るとして。今俺はホテルに来ていた。とは言っても一般的な奴じゃなく、パーティー会場に使われるようなホテルだ。ホールがあって、大きな庭があって、ホテルマンも超一流のアレ。
新年早々胃が痛くなりそうな光景だが、生憎と拒否権はなく。佐倉財閥の新年はこうやってホテルを借り切ってパーティをするのだ。一応並ぶ料理は一流で、縁起物が並んでいるが、俺はホールの隅っこで女子でもないのに壁の花を気取っていた。財閥の総帥であるマダイに挨拶をするのがここでの最低限のミッションだ。既に佐倉財閥と縁を結びたい企業家や資産家がパーティーに出席してマダイと談笑しているが、そこに割って入る気力も無くオレンジジュースを飲みながらホケーッとしていた。
「おに~~~さまっ」
で、俺がそのままどうしてくれようと思っていると、愛らしい声がかかった。ちょっと幼げだが、意志のはっきりした声。そっちを見ると、ピンク髪の女子がいた。いわゆる八百イユリのような黒髪が光の反射で桃色に輝いているのではなく、ゲームキャラみたいなドピンク。それが染髪の結果だと俺は知っている。
「アユか」
「あけましておめでとうございます。お兄様」
「あけおめ。帰ってたのか」
「流石に新年くらいは。お兄様に会えるのも希少な機会ですし」
ドピンクの髪に負けていない美貌でニコッと笑むアユ。佐倉アユ。俺の妹だ。もちろんオーバリスト。
「あんまり楽しんでいないみたいですね」
「こういう空気は苦手だ」
「じゃあアユとデートしませんか?」
「サヨリ姉が怒るだろ」
「かもしれませんね。いいじゃないですか」
「俺が嫌だ」
「お兄様にとってアユはデートの相手に相応しくないと?」
「とは言わんが……そもそも揶揄うの止めろ」
「お兄様さえよければ子ども作ってもいいんですよ?」
「妹と子ども作ってどうしろってんだ」
「血は繋がっていませんし」
そういう問題じゃねえ。
「一応恋人がいるんでな」
「アユのお兄様に恋人が?」
「二人ほど」
「財産目当てですか?」
「どっちかってーと色ボケの類だな」
「お兄様カッコいいですもんね」
「アユも可愛いぞ」
「いやん♡ お兄様ったら」
クネクネと恥じらっているアユは偏に言ってキモかった。
「MITはちゃんと行けてんのか?」
「まぁそこそこねー。卒論何書こうかなって」
「もうちょっとダラダラしていろよ。どうせ卒業してもやることないだろ」
「お兄様と結婚とか」
だから俺恋人いるって。
「消したら怒る?」
「いや。俺も後を追って死ぬ」
「むぅ。それじゃあ殺せないですね」
「アユはモテるだろ」
「お兄様以外にモテてもなーって」
「そもそも頭いいんだから四姉妹との顔つなぎも頼むぞ」
「そこはマダイお父様とも話していますよ」
モグモグとエビを食いながら、そうしてアユは話題を転換する。
「あと、セインボーンさんがお兄様に会いたがっていましたよ?」
「……………………………………………………………………………………何が目的で?」
「耳では聞こえないんですけど、すっごい多量の三点リーダを挟みましたね」
「いや、別に」
セインボーンはアメリカの外交官だ。もちろん佐倉財閥も少し顔見知りで、俺もちょっと顔を知っている。
「いやほら、俺平和主義だから」
「セインボーンと比べたらほとんどの人は平和主義だと思いますけどね」
「そもそもなんでアイツ外交官やれてるの?」
「アメリカの政治家の口添えでは?」
そういうことは聞いていないのだが。
「おー! あけおめー! マアジちゃん! アユちゃん!」
でセインボーンについて話していると、今度はサヨリ姉が近づいてきた。既にベロベロだ。サヨリ姉は蒸留酒を好むので、アルコールが回るときはあっさり回る。一応リバースした経験は無いらしいので醜態はさらさないだろうが、酔っていると気さくになるのもサヨリ姉らしい。
「マアジちゃん。ちゅっちゅ」
「サヨリお姉様。アユのお兄様に不埒は止めてください」
「アユにもしてあげよっか?」
「まだ死にたくありませんので」
「だぁよねー」
それでケラケラと笑うサヨリ姉が大物だ。
「でもマアジちゃんには恋人いるもんね」
「ですよ」
オレンジジュースを飲みながら、俺は苦笑する。
「やっぱ略奪愛って燃えない?」
「萌えますね」
サヨリ姉とアユの言葉の感じが同音異義だったのはこの際ツッコまないとして。
「でもオメガターカイトかぁ」
「え? お兄様オメガターカイトと付き合っているんですか?」
「色々ございまして」
「うわぁ」
っていうよな。実際問題。しかも全員とキスしているとか知ったらアユはどう思うだろう。さすがに流血沙汰にはならないと信じたい。
「お兄様。お兄様」
「はいはいなんでがしょ」
「赤いバラを出してください」
「ここでか?」
「情熱的な愛をアユに」
「マアジちゃ~ん。お姉ちゃんにも~」
はいはい。俺は右手の人差し指から赤いバラを出して、二人にプレゼントする。一応佐倉財閥がオーバリストを保護しているのは政治的には秘匿されているので、人の目があるところではやらない方がいいのだが。
「どうせだからサヤカも参加させてもよかったかもな」
「サヤカって……片中サヤカ?」
「オーバリストだから」
ついでに佐倉財閥の庇護対象。一応籍は両外にあるんだが。
「お兄様。ロリはちょっと」
「酷い誤解だあああああ」
とは言ってもサヤカが疑似ロリなのは間違いない情報だが。