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第116話:リンゴの葛藤【リンゴ視点】


「~~~~~~~ッッッ」


 俺、リンゴは部屋でのたうち回っていた。何というか。初めての体験。ファンに推しだって言われることは前にもあった。俺と握手するために列に並んでくれるファンもいた。その全てに中二病の返しをして、にこやかな笑顔で返された。ファンは中二病である私を理解してくれている。それだけで嬉しかった。元々才能は有ったのだろう。呼吸でもするように、俺は体内から繊維を出して相手を拘束することができた。ただそれを誰にも言ったことはない。自分が異常であるなどと、誰より自分が知っていた。誰に使えない能力を自分が持っていることが誇らしいより先に気味悪かった。自分は他人とは違う。そのことに嫌悪を覚える程度には、この異常はあまりに隔てていた。


「佐倉……マアジ……」


 俺を推しだと言ってくれた男子。しかも、俺の異能を見て、引かなかった。どころか打ち破られた。エピソードという植物で創った剣で、鋼材を持ち上げても千切れない俺の糸を容易く斬り裂いた。植物を操る異能。その能力の真髄を、初めて目にした。


 正直な話、嬉しかった。自分以外で初めて見る異能。まさか体内から植物を出して、しかもそれで日本刀よりも斬れる刃を精製するなどファンタジーでしかありえない。ありえない……というのに、それを佐倉マアジは平然と実行してのけた。


「ああああ~~~~~~~ッッッ」


 その顔を思い出す。カッコよかった。美男子……に分類されるのだろう。顔のつくりが何処か女性めいていながら、ギリギリのところで中性的。古来より中性的な顔のつくりには美男美女が多いとは聞くが、あれはアイドルをやっても天下を取れるレベル。だというのに、その顔を公にはしていない。二度目の邂逅でわかった。普段はフェイクメイクをして、陰キャを装っている。


 何故か?


 決まっている。周囲に溶け込むためだ。暗黒結社、絶黒の使徒。影救世躯体エグゼクターと呼ばれる構成員である彼は日本破壊のために通常は一般人の振りをして潜伏しているのだ。おそらくこういう構成員は他にも何人かいるのだろう。その上で、彼は異能だけでも厄介なのに、その美貌によってルイとタマモとサヤカを篭絡している。あのイケメンフェイスで「なぁ。エンターメイト株式会社で仮想通貨を創れよ」と囁くつもりなのだ。その仮想通貨……推しっコインは最初の内はファンの間だけ流通するだけだが、オメガターカイトが躍進すればするほど、その供給量も上がり、いずれ日本を蝕むことになる。ではどうするか。決まっている。悪を成敗するのだ。俺にはその能力がある。


「成敗って……」


 そこまで覚悟を固めようとして、自分が何を言っているのか分からなくなる。だってそうだろう。相手は人体外の領域にまで神経を伸ばしている。その異能によって不意打ちは不可能。銃弾を避けられるとは思わないが、糸による攻撃では速度が足りない。あの剣……エピソードはどこからでも取り出せるのだろう。つまり戦いになる。そして、その戦いの決着となると、つまり……それは……。


「人を……殺す……?」


 そう言う結末になる。喜んで見ていた特撮では、ヒーローはいつも悪役を殺す。剣で刺して、銃で撃って、拳で殴って、殺す。悪役は爆発して散り際の美学を表現するが、まさか佐倉マアジが俺の攻撃を受けて爆発四散するとは思えない。普通に血を流して死ぬだろう。そしてそれはつまり、俺が殺人罪を犯すということになる。間違っても刑法は怖くない。法に則らないで殺す手段はわきまえている。だが、そもそも一人の命を終わらせるという行為を自主的に出来るかと言われると未知の領域だ。


「こ……ろ……す……」


 可能か不可能かなら可能だろう。だが出来るか出来ないかと言われると、答えようがない。相手は暗黒結社、絶黒。そのたくらみを知っているのは日本では自分だけ。あるいは絶黒の暗躍を知った人間もいるのだろうが、おそらく命はないだろう。あれほどの異能を操る影救世躯体エグゼクターが知った人間を取りこぼすとは思えない。今俺が生きているのも、言ってしまえば佐倉マアジと戦闘になって拮抗しているからに他ならない。丸腰で、あのエピソードに切りかかられたら完全犯罪で、事件は闇に葬られる。ソレを今まで繰り返してきた。それが暗黒結社……絶黒。


「悪を……成敗……」


 しなければならない。推しっコインなどという仮想通貨を使って日本経済を滅茶苦茶にする。そうなればどれだけの人間が首をくくる羽目になるのか。知っていて止めなかったら、それは殺人に加担したも同然だ。だが、だからといって俺の異能で人を殺すのは……。


 自分が中二病だということは自分が一番よく知っている。だが、この暗黒の使命を背負っていなければ、俺はとうに壊れていただろう。自分こそが社会にとって必要のない存在だということを、突きつけられるのが怖かった。それはアイドルになってからもそうだ。オメガターカイトのメンバーは優しくしてくれるが、それでも俺は異能を明かすことはしていない。恐かった。それでメンバーと距離が出来るのが。恐かった。成功したはずのオメガターカイトが、それで終わってしまうのが。ナイフを持ち歩いている人間に近づきたくないという感情は自然だ。なんなら本能だ。ここで俺が繊維を自在に操って、首吊り自殺を演出できるとか言ってしまえば、憧れられるより先に唾棄されるだろう。銃を違法化しているから、日本人は国内を安心して歩けるのだ。


 殺す。佐倉マアジを殺す。殺さねばならない。


「なんで…………?」


 決まっている。絶黒の暗躍を許せば、多くの人間が破滅する。だから、それが実行される前に殺す。泣いて馬謖を斬るとか、ヘビは卵の内に殺せとか、そんなありきたりな言葉では説明できない。殺人に対する忌避感。俺が本当に自分の異能に心酔していれば、悪役くらいあっさり殺せていただろう。だが、今、絶黒の影救世躯体エグゼクターを前にして、吐きそうなくらい忌避感を覚えている。


「エグゼクター……影救世躯体エグゼクター……」


 悪だから殺していいのか。これは法律的にも完全な決着はついていない。殺したから殺していい、という理屈が通じるなら、そもそも人間はすでに全滅している。殺されていい人間は鼠算で増えるだろう。ソレを抑止しているのは、法と道徳と正義感。その中で、正義を胸に抱いて悪を誅罰する俺の権限で、裁判所も通さず処理していいのか?


『可愛いよなぁ。リンゴちゃん。中二病だけどそれがいいっていうか。あの何とも言えない孤高さが一人で戦っている戦士だって瞳で語っているよ。もう暗黒のカッコよさ』


 彼の言葉が反芻する。佐倉マアジは俺を推しだと言ってくれた。カッコいいと言ってくれた。同じ異能を持っていて、誰にも明かせなかった俺の異能を知って、だが自分も異能者だから関係ないと、そう言って。


 理解者になり得る。それは多分そう。ルイたちは知らないのだろう。絶黒の目的のために篭絡されている彼女たちに、マアジは自分の異能を告げていない。あるいは意図的に隠している。植物を操る異能。であれば彼女らを酩酊成分で支配している可能性まである。仮にそうだとして、そこからルイたちを救うには、どうしても俺はマアジと決着をつけなくてはならない。既に絶黒の侵攻は密やかに進んでいるのだろう。あの異能があれば脅すことなど容易い。オメガターカイトのメンバーでさえも骨抜きになって、篭絡され唯々諾々と従うだろう。結果、推しっコインは日本を破壊する。


「ぐ……ぅ……」


 だが結論だけ申せば俺にそれは阻止できず。であればどうするか。決まっている。別の方向で止めるしかない。あの異能自体では俺と互角かもしれない佐倉マアジを介さないで、その目的を阻止する。となれば。


「するしか……ない」


 そもそもだ。佐倉マアジは態度が軽い。この俺を魅力的なんて。あのイケメンで言われると、女の子だったら堕ちかねない。俺はアイドル恋愛粛清仮面、御法度リリンであるから、正義の心を持つが故に騙されなかったが、ルイやタマモが「お前らが推しだぜ」とか言われて即オチ二コマだったのだろう。嘆かわしいことだ。おそらく誰にでも言っているのだろう。俺にだけ言っているわけじゃない……。


「む」


 俺にだけ言っているわけじゃない。それは必然だ。つまり佐倉マアジは誰にでも推しだと言っている。そう考えると胸がモヤモヤした。なんだこれは。悪の討伐とは別方向でイライラしてくる。佐倉マアジは俺が推しのはずだ。であればアイドルとして向き合い方は、俺が握手して笑顔でサービスすればいい。それで佐倉マアジのオタ活は満たされるはず。だが今も、あのマンションでルイやタマモに「お前が推しだ」と愛を囁いていると思うと、俺の中の不満が大きくなっていく。佐倉マアジは俺が推しなのに、推しでもないルイたちに妄言を囁いている。ではどうすればいいのか。ソレを考えると、やることは自然と決まる。


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