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第115話:未成年の主張【三人称】


「であるが故に! 今オメガターカイトは暗黒結社に狙われているのだ!」


 バン! と執務机を叩いてリンゴはエンターメイト事務所の社長に抗議していた。


「は、はぁ」


 まさに「何言ってんだお前」としか表情に出ていないが、社長はリンゴの主張に一定の理解を思索していた。ただそれでも何を言われているのか理解するのは難易度が高い。


「暗黒結社がこの中堅企業に何の用なんだ?」


 リンゴの主張を真正面から否定するのは躊躇われる。タレントのモチベーション維持も事務所とマネージャーの仕事だ。その商品であるリンゴの中二病は今に始まったことじゃないが、それにしても今回は大げさも極まる。


「どこかから仮想通貨の打診とか来ていないか!?」


「仮想通貨って……ビットコインとか?」


「そうそう。そんな感じ!」


 分かっているじゃないか、とビシッとリンゴは社長を指差すが、そもそも社長の側は何言ってるのかハテナも同様だ。ここは社長室。とは言ってもオメガターカイト一強で成立している会社で、芸能界の地盤は強くない。他にもアイドルグループのプロデュースはしているが、それも鳴かず飛ばず。実質エンターメイト株式会社の収入源はオメガターカイト一強だった。


「その暗黒結社が……その……我々に仮想通貨の提案をしてくると?」


「奴らはその仮想通貨を独占して……しにょ……しにょ……しにょ何とかを……」


「シニョレッジ?」


「そう! それ! つーかはっこーえきとやらで荒稼ぎするつもりなのだ!」


「今のところそんな話は来てないけど」


「既にルイたちは洗脳されていると見ていい! このままではオメガターカイトは日本を滅ぼしてしまう!」


「それはルイたちに男が出来て騙されているとか……そう言う話?」


 で、あれば企業として座視できないのだが。焦るような社長の言葉だったが泡を食ってリンゴは否定する。


「そうじゃない!」


 さすがにリンゴもそれでルイ達のスキャンダルを肯定するほど子供ではない。実際にルイとタマモ、ついでにサヤカは、かの影救世躯体エグゼクターと同じマンションに住んで色々と仲良くしているが、それを言ってしまえばお叱りを受けるだろう。エンターメイト株式会社としてはタレントの色恋沙汰は社訓に抵触する。


「とにかく推しっコインという仮想通貨の提案をされたら詐欺だと思え!」


「大丈夫だよ。そんな詐欺には引っかからないから」


「騙されないと思っている奴が一番騙されるんだよ!」


 それはある種の真理ではあるが、この場にマアジがいたら、心の中で突っ込んでいただろう。お前が言うな……と。何となく御法度リリンの正体がリンゴだと知っていたマアジの出鱈目を信じ切って暗黒結社絶黒を実在の存在だと誤認しているリンゴがどうかしている。


「だから俺が暗黒結社を倒すまで、経営陣には一層の警戒を……ッッッ」


 あーだこーだ、と主張するリンゴに、にこやかな笑顔で応対した社長とマネージャーは、その笑顔を崩すことなくやりきって。


「どう思う?」


「何か嫌な夢でも見たのでしょう」


 そうして釘を刺したつもりのリンゴが退室すると、二人で話し合った。議題はもちろんリンゴの妄念だ。


「中二病……と言うのは理解しているつもりだったが……」


「あそこまで行くと心配ですね。病院でも紹介しますか?」


「いや、あのキャラも市場を潤わせているんだ。このまま解消するのはもったいない」


 結局どこまでも打算になる。


「しかし暗黒結社とか言われるとマネージメントにも限界があるのですが……」


「そこはマネージャーの手腕だよ。一切任せた」


「労働ハラスメントじゃないですか?」


「一応これでもやることが多くてね。オメガターカイトが売れたから嬉しい悲鳴だけど。同業者にはやっぱりよく思われていないからさ」


「競合他社には面白くない話でしょうしね」


「そゆことそゆこと」


「で、暗黒結社についてですけど……」


「ファンに語る分には静観していいよ。リンゴちゃん推しはそういうのを求めているわけだし」


「あのままではグループメンバーにまで波及しそうですけど」


「大丈夫。ああ見えて社会はしっかり知ってるよ。ウチのメンバー。まさか恋人なんか作ってないだろうし」


「だといいんですけど」


「マネージャー的には懸念でもあるの?」


「今のところ男の影はありませんが……」


「じゃあ大丈夫。あとはリンゴちゃんが暗黒結社とか言わないといいんだけど」


「無理筋でしょうね」


「無理筋だぁな」


 社長とマネージャー。ともに溜息。


「とりあえずリンゴちゃんには付き合うとして、その後どうするかって話なんだけど」


「クリスマスライブも近いですし。レッスンにも気合は入れてもらいますよ」


「リンゴちゃんのモチベーション維持は本当に頼むよ?」


「承りました」


 そうしてマネージャーも去っていく。一人社長室に取り残された社長はため息をつく。取り掛かるべき仕事は多い。企業であるから納める税金は一定だが、それでも資料作成は仕事の内。まして芸能界でもあまり強いとは言えない中堅企業。法務部などあるはずもなく。知り合いの税理士に納税に関しては任せっきりだった。


「暗黒結社……ね」


 溜息と愚痴が同時に出る。


「そんな超法規的存在が支配してくれるなら……それもいいだろうけどさ」


 リンゴが語った妄想を頭から信じる気は毛頭ない。だがそれはそれとして、エンターメイト株式会社に持ち込まれる商談に、いくつか詐欺が混じっているのも事実なのだ。まさか本当にオメガターカイト市場を独占する仮想通貨の提案をしてくる企業があるとは思えないが、それはそれとして会社として大きくなるとフットワークが重くなるのも事実。弱小企業だったころは、もうちょっと仕事の量が少なかった気もするのだが。


「会社同士のお付き合い。酒は医者に止められているんだっけ……」


 ストレスフルな仕事であることは承知だが、オメガターカイトの躍進を誰よりも喜んでいるのは社長に違いなく。であればオメガターカイトが売れているという事実が、社長にとっては何よりの活力。


「そのためならリンゴちゃんの中二病くらい付き合うけどさ」


 とにかく今は仕事だ。年末調整もあるのだ。三月になれば決算もある。止まっている暇はそんなにない。どうせなら税理士を雇って法務部でも作るか。オメガターカイトの市場規模はすでに数十億円のレベルだ。国民的なアイドルの稼ぎ出す稼ぎとしては結構上の方。さすがに兆円単位ではないので大企業と比べると見劣りするが、だからと言って儲けていないわけでもない。


「だとすると、なんだかなぁ」


 今はオメガターカイトにとっては大事な時期。ここからさらに躍進して、毎年のドームでのコンサート。そんなレベルになれている。


 まさかあの聡明な黒岩ルイが恋人を作っているなんてまさかそんな。とは思っているが……実際に恋人がいることを社長は知らない。しかもオメガターカイトの二強であるルイとタマモが二股をかけられていて、同じ男にサヤカとイユリとアワセまでゾッコンであるなどと、誰が予想しえようか。


「はい。よろしくオメガいします。あ、はは、今ウチで流行っている挨拶でして。オメガターカイトからとってよろしくオメガいします……です」


 血尿が出なければいいのだが。そんな真摯な願いを祈りながら仕事にとりかかる。毎年の健康診断には行っているが、診断結果次第では作業も滞るのだ。


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