第112話:今日のご飯は【三人称】
「――ッ――ッ――ッ!」
「――ッ――ッ――ッ――ッ!」
ここは今オメガターカイトが間借りしているとある空間。そのダンスのレッスンの場でもあった。部屋の壁に鏡が設置され、そこでクリスマスライブに向けてダンスのパートを練習している七人の美少女がいる。オメガターカイトの総員だ。全員がそれぞれに魅力的な容姿をしている特戦隊とも言えるチームであり、その歌と踊りはキレッキレだ。
「ふぅ」
で、ダンスパートの確認が終わって、スポーツ飲料を片手に黒岩ルイがスマホに手を伸ばす。
「今日のご飯は何だぞ?」
そうして誰も見ていないという確信で状況を確認した後、ルイはマアジにメッセを送る。いわゆる彼氏とのイランなのだが、そのことを周囲に悟られるわけにもいかず。レッスンの場の最も隅っこで、人の視線を躱しながら、マアジとメッセをする。
「生姜焼き」
返ってきた答えに、嬉しくなりつつ、ついでにお腹が空いてくる。マアジのご飯は美味しいので、食べるにあたって常にカロリーの消費について考えている。特に米を食べ過ぎた時は普段の五割増しで運動をしているルイは、プロ意識が高かった。
「ルイ」
その隅っこで彼氏とイランをしているルイに声をかける人物。黒髪が光の反射で橙色に輝き、すこし陰鬱ながら、そのオーラまで含めてファンが多い存在。さすがに彼氏とメッセいてニヤニヤしているとは言えず。あっさりとスマホの電源を落として、取り繕うようにニコッと笑うルイ。
「どうかした? リンゴ……」
リンゴと呼ばれた少女は、ある意味でオメガターカイトで最も異質な存在だ。何がどうのと言うか。佐倉マアジと関係していないというその一点において。
「誰とイランしてたの?」
「あー。ちょっと。秘密」
「彼氏……とか?」
「まさか。そもそもウチ恋愛禁止でしょ」
穏やかな笑顔で嘘を取り繕うルイ。さすがに彼氏持ちがバレることは事務所にとっても痛恨で。なので引退する日まで嘘を吐き続ける覚悟は彼女の中で定まっている。
「でも嬉しそうだったぞ」
「ま、少なくとも男子じゃないから安心していいよ」
まるで呼吸をするようにでも嘘を吐く。
「そっか。まぁルイは聡明だからね。彼氏は作らないか」
「そそ。それに好きな人もそんなにいないしね」
「了解。ま、ちょっと気になっただけだ。俺的には」
「リンゴも別にここでキャラ作らなくてもいいよ?」
「きゃ、キャラとかじゃないし……」
「一人称俺はちょっと、ね」
「俺はこれが自然なんだよ。これでもアイドルをしているのは使命があって……」
「それ長くなりそう?」
「む、失礼。ルイを闇の使命に巻き込むことは本意じゃない」
「別に巻き込んでくれてもいいけどだぞ」
「悪の組織とは俺が決着をつけなくてはならないんだ……」
「そっかー。頑張ってね」
ニコリと悪意のない笑顔でルイはそう言う。
「…………だいたいダンスは息があってきましたね」
「タマモも結構周りに気を配ってるぞ。周囲が見えるのはいい事」
「…………ルイほどではありませんよ。……リンゴも素敵なステップでした」
「ありがとざいます。ところでタマモは最近何か困ったことは無いか?」
「…………困ったこと?」
「人間関係が上手くいっていないとか」
「…………ないかな? ……リンゴは気になる?」
「さっきボクに彼氏疑惑を吹っ掛けてきたぞ」
「…………ああ、そういう。……彼氏ですかー。……そりゃ本音を言えば欲しいですけど」
「今はいないと?」
「…………アイドルやっているんですから。……それはまぁ。……え? ……そういう話題を振るってことはリンゴ……」
「いや。俺にはいない。ただちょっと気になって」
「…………気になっている男の子がいるの?」
「そうじゃない。俺は悪の組織と戦うのに忙しい。むしろメンバーが恋愛脳になっていないか気になって……」
「大丈夫じゃない?」
「…………彼氏かぁ」
まるで仮面でも被るように、虚偽の報告をするルイとタマモ。それでリンゴも、まぁそうだよなという顔をする。
「じゃああんまりイランを見てニヤニヤするのは止めてくれ。俺として疑ってしまう」
「…………ルイ……スマホ見てニヤニヤしてたんだ」
「ちょっといいことがあってね」
ルイとタマモは情報を共有している……というか同一人物と恋仲になっているので、理解し合っているが、まさにアイドルにあるまじき。
「でもそういうことを気にするってことはリンゴって好きな人がいるんじゃ」
なおかつ相手に振って話題を逸らすことも忘れない。
「だから俺にいるわけないだろうが。これでもアイドルと影の英雄の二本柱で忙しい」
「アイドル以外は何をしているぞ?」
「黙秘」
「…………怪しい」
「怪しいぞ」
「彼氏がどうのって話じゃない。そもそも俺は陰に生きる者。恋にうつつは抜かせない」
「恋に興味ありません、はヤバいよ。詐欺と一緒。騙されないって驕ってる人間から騙されるから」
「命のやり取りをしていれば、その懸念も無くなるさ」
「そもそも誰と戦ってるの?」
「相手は暗黒の秘密結社と言っていたな」
「リンゴも大変なんだね」
「くく。日本の双肩が俺の肩にかかっているからな」
自らの顔の添えるように手を当てて、不気味に笑うリンゴ。その中二病はいつものことなので、ルイもタマモも慣れたものだ。そもそも結成からこっち、リンゴは常に何かと戦っている。これがブルーリボン軍の開発した人造人間とかだったら話は早いのだが、生憎とそういうことでもなく。オメガターカイトの結成。つまりルイ達が中学三年生の頃から彼女は常に闇の組織と戦ってきているので、他のメンバーに出来るのは彼女の戦いを見守ることくらいで。今更リンゴが闇の組織と戦っていることにツッコむメンバーはいない。
「無理だと思ったら言ってね。愚痴くらいは聞くからさ」
「ありがたい。孤独の戦いでも俺は一人じゃない」
「…………警察に任せた方がいいのでは?」
「公共権力では手が出せない戦いなのさ」
「あー。さいで」
「…………そっかー」
そんなわけで、くくくくく、と不気味に笑うリンゴに、どうツッコんだものかルイもタマモも困ってしまっていた。けれど、その躊躇も別にリンゴを心配してるとかそう言う話でもなく。今更リンゴの中二病に言及するのは遅れが過ぎる。ステージスリーの段階にあるので、もはや他人がどうのこうの言える状況ですらない。過去を遡っても、ファン相手にさえ中二病をやめなかったリンゴだ。それがいい、と心に傷を持つファンたちがリンゴに集まっているのも事実で。
「まぁ後悔だけはしないように、だぞ」
「誰に向かって言っている。俺はこの世の救済者だぞ」