第111話:こじらせてこそオタク
「ラーイーブラァ~♪ 傾けながら君に♪ 私とても満たされていて♪」
世の中には都合と呼ばれるものが存在する。
「片側流れて天秤落ちて♪ もう片方に愛想を注ぐの♪」
例えば、国民的なアイドルが週末にデートをしていたらいかんじゃろうとか。それが男であれば猶更。
「うーちゃん最高~!」
「さっちゃんイケイケ~!」
俺がアニメボイスにメロメロになっている隣で、まるでガチ恋勢のようにサイリウムを振るルイとタマモ。俺と三人で臼井サチのアニソンライブに来ていた。もはやドルオタもかくやと言わんばかりに熱狂の坩堝の中。俺たちはサイリウムを振って臼井サチを応援する。彼女の声は天上のソレのようで聞くもの全てを癒してしまう。秋アニメ、『今日から恋する俺と君』のメインヒロインの声も割り当てられ、ぶっちゃけ声優としての活躍はオメガターカイトにも匹敵する……とかいうとファンの色眼鏡なのだが。
「サークラちゃん! 今日も来てくれてありがとう! 毎回律儀に来てくれるよね! 私も嬉しいな! 次も来てね!」
そうしてライブ終わり。アイドル声優との握手の別れがあり。以前も来たことがあるのだが、その時もサークラとして通っていたので覚えてもらっていたらしい。推しに認知されるって何でこんなに嬉しいんだろうな?
「わお! ルイちゃん可愛いね! タマモちゃんも!」
で、思いっきり芸名を名乗っているルイとタマモに反応している臼井サチさんだったが、まさかオメガターカイトの二人が臼井サチガチ勢だとは思いもよらず。熱心な声オタ。それも美少女が……程度にしか思っていないらしい。多分高名さではそこら辺のモデルより格上だと思うのだが。
「超可愛い声でした! 応援しています! 今日はありがとうございました!」
「…………その萌え声で癒しを与えてくださり感謝感激です!」
帰り際の臼井サチ氏との握手も感激の限りらしく。もはや自分らが厄介勢かと言わんばかりに感激している。
「はー! 良かったぞ。うーちゃんのライブ。あの萌え声ってどこから出してるのかな?」
「…………わかりませんが……ラジオだともうちょっと平坦ですよね。……意図的にあの声を出せるとすればかなりの傑物」
「難しいことは分からないが、萌え声だよなー」
で、俺がそう〆ると、ギラッとルイとタマモが俺を見た。
「ガチ恋勢になっちゃダメだぞ!」
「…………あたしのことを見てください」
だから恋なんかしないって。だがアニメ声のアニソンライブはもはや天上の歌を聞くが如しで。そのまま語りつくせようと言わんばかり。しょうがない。感想戦に移るか。
「お帰りなさいませ。お嬢様。メイドがご注文を窺います!」
そうしてアキバのライブハウスから、そのままメイド喫茶に移行。そこでキャピッと愛らしく接客してくれるメイドさんに案内されて、そのまま着席。
「お嬢様。ご注文はお決まりですか?」
「メイドさんのお持ち帰りで」
「やーだー。警察に連絡するぞ♡」
それは困る。
「じゃあ萌え萌え超神水と救世のオムライスで」
メニューに書かれている意味不明な文字列から、多分ハズレじゃないだろう注文をする。それはルイとタマモも同じで。そうして注文が完了すると、メイドは奥に去っていった。
「はぁ。臼井サチは神。あの声は麻薬だ」
で、俺がお冷を飲みながらそう語ると。
「ですだぞ。歌っている最中も自分が求められている声をブレずに発声するっていうのがもうプロの仕事で!」
「…………万人に愛される声って本当に存在するんですねぇ」
声優ライブの感想戦ということで。俺たちは熱心に語り合った。
「ところでお嬢様。メイドとチェキなんていかが?」
基本的にメイド喫茶は御触りなしだ。そういうことをするとなると風営法に抵触するので、メイド喫茶にも接客以外のサービスをする場合、開業における条件が異なるわけだが。そこら辺を認められているのか。ここのメイドさんは普通に客と談笑が出来るらしい。
「じゃあお願いします」
「じゃあ一緒にピースピース。いくよー。はいチーズソース!」
カシャッとポラロイドカメラが音を出す。メイドさんとチェキしてしまったぜ。もちろん有料。
「お嬢様は好きな男性キャラって何ですか? その恰好からして夢女子っぽいですが」
ちなみに、今の俺はロリポップな服装になっている。全体的にフリフリで、ピンクと白がスタンダードカラー。対するルイは度の入った眼鏡に、ジャージ姿。タマモは所謂男性的なキモオタファッションで、アニメプリントされたシャツにジーパンと言う残念さ。この鬼ヶ島に鬼討伐にでも出向くと言われてもおかしくない際立った三人娘の素性が気にならないはずもなく。メイドさんが近寄ってくる。
「ていうかお嬢様がた。三人とも可愛いですね! はー推せるかも」
「どもっす」
「どうもだぞ」
「…………どうもです」
「はい。救世のオムライスですよー。もちろん萌え萌えケチャップアートしますよね?」
思いっきり追加料金を請求されそうだが、別に予算に上限は無いので、そこはまぁ。
「で、臼井サチのライブに行ったわけだけどさぁ」
「ボクとしてもあの声には濡れてしまって」
「…………あの声って、もはや一種の音波兵器で」
「うんうん。わかるわかる。臼井サチって今ノリにノってるよね。私もかなり推しててさぁ。今日がお仕事じゃなかったら絶対行ってたってレベルには萌え萌えで」
そうしてルイとタマモとメイドさんと声優臼井サチについて語り合う。
「っていうか超地球要塞ミクロスの最新作にも抜擢されてるでしょ? マジ楽しみなんですけどー」
そういうわけで、臼井サチのアニソンライブの語り合いとしてはメイド喫茶はまさにマスト。そのまま声優について語り合う。そうして時間は過ぎ、ロリポップな女装をしている俺と、ジャージ姿の残念なルイ、クソオタ武装をしているタマモは誰にもその存在を感知されず。お茶を飲んで楽しい時間を過ごした。
「じゃあまたお帰りをお待ちしております。お嬢様がた」
ニコニコ笑顔で退店を促すメイドさんに背中を押されて、俺たちは去っていく。
「マアジ♡」
「…………マアジ♡」
で、クソオタとキモオタの格好をして、誰にも認知されていないオメガターカイトの二人はロリポップで可愛らしい化粧をしている俺の右と左の腕に抱き着いて、傍目には百合ハーレムでも気付いているかのような状況を形成していた。もちろん道行く人は俺たちを見てギョッとしている。化粧をしていなくて、オメガターカイトの黒岩ルイと古内院タマモだとはわからなくても、それなりの美少女が美少女同士でイチャイチャしていれば、注目には値するだろう。
「ねえ。マアジ。キスして?」
「…………あたしにも」
「バレたら厄介だろ」
「誰もボクたちだってわかってないぞ。だからぁ。ねぇ。お願い」
「…………それにマアジは今女子ですし。炎上しようが無いかと」
「じゃあキスな。どっちからする?」
「もちろんボク」
「…………もちろんあたし」
そういって俺を挟んで秋葉原駅でバチバチに視線を交わすルイとタマモ。まさかアキバ民も今ここでルイとタマモが一人の女装男子を取り合って睨み合っているとは思うめぇ。実際のところ正式に付き合っているので、俺の側からキスを拒否する理由もないのだが。それでも俺も可愛らしい女子に見えているのか。三人で腕を組んでいる様を見て有難いものを見ているような百合男子は数人ほどいた。その百合男子に見せつけるように、俺はルイとタマモの頬にキスをする。
「――――ッッ」
そうして百合男子が鼻から喀血して、この場のノリは収まった。