プロローグ
朝の通勤通学ラッシュ真っただ中のバスは、大変混雑する。立っているのがやっとで、子どもなどは足が床から浮いていることすらある。今もバスの揺れに合わせて乗客の身体は揺れていた。
そんなバスの中ではしばしばある犯罪が起きる。痴漢、盗撮、などなどだ。狙われるのはもっぱら膝丈のスカートをはかざるを得ない女子中学生や女子高生であり、狙っているのはだらしなくスーツを着込んだ中年男性。けして見習ってはならない部類の大人である。
今日もまた一人の男が素知らぬ顔で携帯を女子高生のスカートの中に入れようとしている。見逃すわけにはいかない悪行だ。しかし女子高生の方は自分が被害にあおうとしていることに気が付く様子はない。
途端、男の持っていたスマートフォンが・・・爆発した。突然聞こえた爆発音に車内は騒然となる。男は自分の手のひらからあがる白煙に目を見開いて固まり、女子高生は爆発の風でめくれ上がりかけたスカートを抑えて振り返る。異変に気付いた運転手がバスを止め、安全確認のために乗客を降ろし始めた。運転席横の出口に一列で並んでバスを降りる人々を見ながら俺は思う。
どうしてこうなった、と。
もとより俺は男の犯罪行為を阻止すべく、男のスマートフォンの電源を落とそうとしただけなのだ。それなのになぜかスマートフォンは爆発した。
遠くから警察のパトカーのサイレンが聞こえてくる。この状況では男は犯罪者から一転、被害者だ。男が盗撮をしようとしていたことに感づいている乗客は少なからずいるだろう。しかし証拠が存在しない。初犯でなかったとしても、その証拠が詰まっているであろうスマートフォンはつい先ほど爆発した。
犯罪を未然に防げたことを喜ぶべきか、一人の犯罪者を捕まえる機会を逃してしまったと嘆くべきか。そうこうしているうちに警察は男の聴取を終えていた。その後安全のために新しいバスが用意され、乗客を乗せ走り出す。
再びバスに揺られながら俺は思う、生まれる世界を間違えた、と。