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9 第9話:おぉ姫よ、君はいずこにいるのか

 自分の姿を録画、録音してもらい、俺はそれを確認する。


「……これは、ネオそのものだな」


 そう言って呟いている声もネオのものだ。

 なんだか頭が狂ってしまいそう。


「確かに田辺さんは今紛れもなくNeoの姿だが………その口調を直してもらってもいいか?違和感が凄すぎる」


 羽山がなんとも言えない微妙な顔で苦情を寄せてきた。ネオの声、ネオの体で男性口調で喋るから違和感があるのだろう。


 俺はネオの口調を思い出す。彼女との思い出は3年前で止まっているが、特に問題はないはずだ。俺だって3年前から身体も性格もほぼ変わっていない。


 喉を鳴らして声を整える。

 特に意味のない行為ではあるが、こういうのは雰囲気が大事なのだ。


「ごめん、こんな感じでいいかな?」


 それを聞くと羽山は感心したように呟いた。


「すごいな……確かにどこからどう見てもNeoにしか見えない」


「そう?別にわたしは普通にしてるつもりなんだけど」


「………田辺さん、あなたきっと俳優になれる」


 少し調子に乗ってネオの口調でしばらく喋っていると、ふと疑問が湧いた。


「これ、どうやったら元の姿に戻れるの?」


「それはだな……マインデバイスを開いて〈システム〉から〈アバター〉を選択して解除を押せばいい」


 俺は素直にその指示に従う。

マインデバイスがアナウンスを発信した。


〈Neoのアバターが解除されました〉


 まずはまた手を見る。

 爪が違う。いつもの深爪になっている。手のサイズも小さくなっているし、肌の滑らかさも無くなっている。


 身長も足も違う。体のあらゆるところが元に戻っている。


「あー、あーー」


 声も元に戻っていた。


 ネオの女性の声ではなく、元の俺の声だ。たった数分しかネオになっていないのに、ずいぶん自分の声が懐かしく感じる。

 やっぱり元の姿が1番いい。すごく落ち着ける。


 それに視界の端に煩悩を刺激するような物体もない。



 俺は羽山に本当に戻ることができているのか問いかける。


「どう?元の姿に戻れています?」


「あぁ、問題なく戻れている」


 それを聞いて安心する。


 確かに俺はネオのアバターや名声を欲していたが、永遠にネオになる覚悟はない。もしここで戻ることができない、なんて言われたら殴りかかっている。


「ではこれから(おこな)ってもらうことについて説明しよう」


 羽山がいつもの真面目な調子に戻る。


「まず田辺さんにはファンや関係者の方々に顔を見せに行ってほしい。Neoが失踪してからまだ1週間ほどしか立っていないため騒ぎにはなってはいないが、仕事が滞り始めている」


「分かりました。他には?」


「これはもしNeoが2週間以内に戻らなかった場合だが……」


「はい」


「今日から一ヶ月後にNeoの主催するARを使用した様々なジャンルの一大イベントが予定されている。基本的にstream社に所属しているストリーマーさんたちで行う身内大会だ。

ストリーマーさんたちのスケジュール調整は我々スタッフが行うが、Neoにしかできない業務もある。念のためそちらも進めておいてほしい」


「ARイベント………もしかしてネオが5年前に開催していたあれですか?」


「よく覚えているな……その通りだ」


 俺は懐かしさに包まれた。

 5年前ネオがstream社のみんなでお祝いしようと言っていた。「ストリーマーたちが今日でちょうど20人になった。せっかくだから、大きなイベントを開催して盛り上がろう」と誘ってきた。


 どうやらそれが好評だったらしく、4年前も同じ日にちにstreamのメンバーを集めてイベントをやっていた。


「それが今までずっと続いてきたんだな……」


 なにか感慨深いものが込み上げてくる。


 ちなみに俺は5年前の小規模なイベントには参加したが、その翌年のものには参加していない。

誘われたどうかすら覚えていない。


「今は規模が大きくなって、このイベントはNeoの手から離れているが、形式上はNeoの主催ということになっている」


 初めてネオがイベントをしてから、何年も経つ。名前だけの主催者になっていたとしても不思議ではない。


「それで、具体的には何をすればいいんですか?」


「あなたにはNeoとしてストリーマーさんたちにイベントに参加する意思があるか聞いてまわってほしい」


「……それって俺じゃなくても出来ると思いますけど」


「いや、確かにゲーマーやエンターテイナーよりのストリーマーさんたちはこの大会に積極的なんだが、やはり消極的な人もいる。特にアーティストよりの人たちはどうしても参加したがらない。だがNeoの頼みなら、耳を傾けてはくれる」


 羽山が申し訳なさそうに言う。

 しかし俺は参加したくないのだったら無理に参加させる必要もないと思う。


「その大会ってそんなに大事なものなのですか?嫌がってるのに参加してもらうっていうのも気が引けます」


「今の代表取締役がこの大会をいずれは正式なstream社の代表的なARイベントにしようと考えていてな………親会社のDeedl社との連携も考えているようだ。このプロジェクトをなんとしてでも成功させると息巻いている」


「代表取締役……名前ぐらいは聞いたことがありますね」


 俺は杏奈の引退騒動の時に頻繁に出てきた名前を思い出す。


 世間の一部ではそいつが代表取締役に就任してからstream社の経営が変わったと嘆かれていた。俺もそれぐらいしか耳にしていないが、とても人望のある人物とは言えないということぐらいは分かる。


「そしてこの大会を最高のものに成長させるためには、毎年規模を大きくすることが必須だそうだ。だからストリーマーさんたちには出来るだけ集まってもらわなければならない」


 羽山が苦虫を噛み潰したような顔で言い捨てる。


 こいつはストリーマーの意思をできるだけ尊重しようとする節がある。そのプライドがこの行為を許すことができないのだろう。

 そんなに嫌ならば反抗すればいいが、それができないのがサラリーマンの辛いところだ。


「それにこの大会に参加していないと、ファンの方々からその人が冷遇されているのではないかと心配されてしまうからな」


 つまりストリーマーたちをできるだけ集めなければならない理由は、杞憂民対策と上層部の方針であるらしい。

 全く世知辛い世の中だと思わずため息をつく。


「まぁ、それもNeoが戻らなかった時の場合だ。杞憂に終わるのが1番いい」


「そうですね」


「話は以上だ。明後日からNeoのチャンネルで配信を開始して欲しい。配信の内容はこちらで指示する」


「羽山さんも色々大変ですね」


「私はこれが仕事だ。やるべきことをやっているだけだ」


ここまで仕事好きだともはや病気だな。


「タクシーを手配してある。それで帰宅してくれ」


「どうも、体調に気をつけてくださいよ」


「ご忠告ありがとう。できるだけ体には気をつけるようにしよう」


 ◇ ◇ ◇



 俺はネカフェに帰って寝巻きに着替える。歯を磨きながら、この3年間ネオがストリーマーとして活躍してきたことについての記事を改めて読んだ。


 少なくともそこにある情報には、ネオが失踪する気配なんて微塵もない。

 一体あいつはどこに行ったのだろう。正直言って俺には何もわからない。世間の認知度がストリーマーとしての枠を飛び越えて高まってきたところでネオは失踪した。


 お前は一体どこにいるんだ?


 事件に巻き込まれているのか、はたまた自分の意思なのかは知らないが、早く戻ってきてほしい。

 もちろん俺はネオが戻ってこなければ永遠にネオの皮をかぶってストリーマー活動ができる。それは嬉しい。


 しかし羽山のあの顔を見るとどうしても痛ましい気持ちになってしまう。

 あいつは本気でネオのことを心配している。そこにあるのは男女の恋愛感情なんていうものではなくて、ある種の信頼関係が見て取れる。


 あいつは初めて会った時からずっと焦っている。

 もしネオが何かの事件に巻き込まれたらと思うと気が気ではないのだろう。


「寝るか…………」


 マインデバイスによると、時刻はもう0時だ。

 俺はいい加減に眠くなってきて、ネカフェの小さい床の上で、寝袋にくるまって寝た。


わたしは戻るわけにはいかない……取り返しのつかない失敗をしたから



【☆☆☆☆☆】  ∧ ∧

        (・∀ ・) <これをな

        ノ(  )ヽ

         <  >


【★★★★★】   ∧ ∧

       ヽ(・∀ ・)ノ <こうするのじゃ

       (( ノ(  )ヽ ))

         <  >

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